1935年の時刻表
つばめ が東京・大阪8時間 これはもう5年前から 東京から下関まで特急で18時間 関釜連絡船は1日2便で 7時間半 釜山から安東(現在の丹東)まで ひかり のぞみ 14時間くらい 安東から新京(長春)が10時間 😃 大連〜新京は あじあ 8時間 急行が10時間
小田急 阪神 南海といった私鉄 小倉の 北方線も出てます 魚町は大阪町として 🚍も このころになるとアチコチに 鉄道省直営として 三田尻〜東萩というのも
空路も出てます 日本航空輸送が 東京〜名古屋〜大阪〜福岡 さらに半島を経て大連まで 東京〜富山 大阪〜高松〜松山 大阪〜白浜 今なら🚞なんだけど 松山〜別府はコミューター機の元祖ですなぁ そして満州国にもネットワークが
最後に外国への🚢 横浜〜大阪〜門司〜上海〜香港 さらにコロンボ スエズ運河 ナポリ マルセイユ ロンドンへ 横浜から香港 マニラ シドニー メルボルン 神戸〜清水〜横浜〜シアトル 香港〜上海〜神戸〜横浜〜ホノルル〜サンフランシスコ 大阪〜門司〜青島 横浜〜神戸〜門司〜上海 こまめに客を拾う感じですが こういう航路の国内だけ利用って出来たのかな? カボタージュの問題が💓
| 固定リンク
コメント