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2019年2月 9日 (土)

陽炎(91)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 平成28年度の学務は国際交流委員長の任を解いてもらったが、学生委員会の就職相談室長と入試委員を割り当てられた。ここまで来ると次は学生部長なのかなというところである。先輩の教員の人事を見ていると学生か教務の部長、そして学部長、その先に副学長とか学長というステップがあるが、さすがに副学長以上は限られていた。

 交通図書賞にノミネートされた著作は落選した。交通学会賞のチャンスはあるかもしれないが、こうなるとさばけたかどうかのほうが大事である。出版会からは六割が販売済みで、残りが在庫となっていると連絡があった。受賞してもさばけるかどうかわからないので、とりあえずシラバスに参考図書として入れていた。

 新しいゼミ生は19人で、うち二人は野球部だった。四年生になったタイの留学生が大学院進学を希望したが、学力から見てR経済大学を勧めた。企業の採用意欲は景気の回復もあって少し改善されているが、厳しいことには変わりなかった。

 交通学会での発表やコメンテーターはないが、物流学会のほうでカーフェリーについてのコメンテーターを頼まれた。発表者は福岡の院生で、瀬戸内海航路だけでなく、下関・プサンや博多・プサンにも触れていた。どうして私に回ったのかわからないが、博多港の調査経験があることを買われたのかもしれなかった。

 博多港は北九州に対抗してコンテナの拠点港湾を目指していたが、貨物取り扱いはプサンに遠く及ばず、ローカル港のひとつという状況のままだが、旅客では日本有数の港となっていた。博多とプサンにはフェリーと高速船があり、船による出入国人数では日本一である。

 クルーズ客船の寄稿でも博多は日本有数だった。日本の船会社のクルーズは横浜がベースで次いで神戸であるが、海外からは博多寄港が圧倒していた。博多港の背後には大宰府などの観光地があり、ショッピングにはとても便利な場所である。

 瀬戸内海のフェリーは神戸・大阪・泉大津と北九州の新門司をつなぐ航路がなんとか残っていた。トラック輸送を海上に転換する政策は人手不足が追い風になった観があった。

 夏休みは久々に家族で旅に出た。行き先は山口件である。新幹線とバスを乗り継いで萩に行き、市内の循環バスで勝因神社と城下町を見た。ローカルエリアの観光にも目を向けるためであるが、交通の便からみて外国人を引き寄せるのは厳しそうに思えた。

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