« 橋の工事(9) | トップページ | 今日は天気が »

2019年2月 6日 (水)

陽炎(85)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 平成26年度の学務は前年度と同じく、国際交流と教務である。交際交流のほうは委員長という大役が回ってきた。夏にはベトナムに出張して現地の留学生あっせん機関を回ることが決まった。中国からの留学生は年15人前後来ているが、その次がベトナムで5人くらいいた。他はタイ・インドネシア・フィリピンから一人か二人というところである。

 娘は長男と同じSN仲に入った。とりあえず「マイ防具」も手配したが、こちらはなぜかオーソドックスな黒胴を選んだ。春の市民大会では中学一年女子の部でベスト4だったが、さらに上を目指そうとがんばっていた。兄のほうはベスト8で団体のメンバーとしてはまずまずのところだった。

 三年のゼミ生は19人で、適正な状況である。物流産業は187人、観光産業は208人が受講届けを出した。周のあとは大学院希望は出なかった。運動部は相変わらずで、野球・サッカーそして剣道は常連だった。一・二年のゼミでは学外での見学ということで、大阪貨物ターミナル、伊丹空港の貨物、阪急電鉄正雀工場のどれかを見に行くのを続けた。

 陳が九州にある私立大学で物流を担当することになったのは学会の名簿でわかった。王さんのほうは中国に帰ったそうである。N社のサイトを見ると山田は団体のメンバーからはずれていた。部員として名前は出ているが、段位はそのままである。研究所のサイトでは峰岸は災害ロジスティクスの専門家と紹介されていた。深井は主任研究員に昇格したが、峰岸は副主任研究員のままである。

「情報通信と交通」は母校の出版会に話をして初版を1000部で作るという取り決めをした。とにかくコストをけずるため、昔のようなハードカバーではなく、ワープロ原稿を写真植字するというやり方である。一冊が2500円として、学会関係で100冊は配るつもりである。 

 六月の末までに第一章と三章・四章は仕上げた。二章と五章については秋以降になる見込みである。夏にはベトナム出張、九月の末には福岡で物流学会、十月に東京で交通学会、いずれも発表もコメントもすることはないが、顔は出しておく必要があった。物流はずっと理事だったし、交通についても研究の動向を知っておく必要があった。

 

|

« 橋の工事(9) | トップページ | 今日は天気が »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 橋の工事(9) | トップページ | 今日は天気が »