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2019年2月 3日 (日)

陽炎(79)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 大学に移って十五年目の学務は初めて前年と同じとなった。入試委員会では小論文の問題作成、就職相談室のほうは生活に関する悩みというのが多かった。ボランティアはゴールデンウィークにも行われ、東松島・山田町・会津若松のスタディというところである。会津若松へのアクセスは新潟に飛んで磐越道というルートだった。

 原発から自主避難して大阪に来ている人たちの交流会に参加するという活動も行われた。原発の是非という政治的に微妙な問題があるのが大学としても神経を使うところだった。原発再稼動と電力供給という話題は避難者の前ではとうていできるものではなかった。

 観光の落ち込みをどう回復させるのかという課題が観光では持ち上がっていたが、交通の立場ではインフラの復旧が第一である。被災した鉄道路線のうち、利用の少ない場所はバス輸送に転換ということがJRから持ち出された。ダイヤの正確性・停留所の位置とかで一長一短があるものの、ローカル地域の鉄道のあり方を考え直すにはよい機会ではないかというのが私を含めた都市圏の研究者の主流である。

 とはいえ、地方の声を痛切に感じているローカルエリアの研究者からは「鉄道とバス」を゙天秤にかけるのは容易ではないという指摘が出された。鉄道が日本では「単なる輸送手段」ではなく「スピリチュアルな存在」となっているのが問題であり、それが国鉄時代の赤字ローカル線や整備新幹線ともつながっていた。

 災害時の物流という研究課題では、また府の委員会が作られ、私もワーキンググループに入った。これは地元のシンクタンクが受託したもので、府庁の会議室で行われた。府知事が行政改革を旗印にしている関係でホテルの会議室を使うような会合はなくなり、実務優先という感じである。

 物流学会で報告するタイトルは「大規模災害時における鉄道貨物輸送の対策」ということで、かつて取り組んだ迂回輸送を改めて取り上げることにした。東北エリアでは東北本線と日本海側の二ルートだが、ここが両方ともだめ、青函もだめとなると船舶の活用が必要なこと、東海道がだめな場合に中央線や北陸回りが可能かどうか、山陽と参院はどうかといった検討の必要性を取り上げた。

 電気機関車をディーゼルにすると最高速度は110キロから95または85キロまで落ちるし、連結できるコンテナ貨車も東海道や山陽は最大二十六両なのが、山陰では七両が限界ということもわかった。その状態は阪神以降まったく変わっておらず、太平洋側の広いエリアが被災すると鉄道も港湾もダメージが大きく、日本の物流は機能停止するというのが、結論となった。

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