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2019年2月11日 (月)

陽炎(95)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 物流学会が行われたのは横浜市南部にある大学である。また関西・羽田を飛んで京浜急行でアクセスした。宿は横浜駅の近くである。私の発表のコメンテーターはN社の引越し事業部の部長だった。研究所では引越しの梱包材のリサイクルなどの技術的なテーマばかりで経済・経営の側面からの分析はなかったという評価をしてもらった。

 引越しについてはオフピークになるようにするのは難しく、当面使わないものは倉庫に保管ということで、N社のような総合物流業者には有利になるのではないかと指摘した。いわばトランクルームというところである。とはいってもすぐに使う必要のあるものをどうするのかという問題は深刻で、単身ならば、宅配便の複数個利用という方法も考えられた。

 交通学会のほうは大阪と名古屋を近鉄の特急で移動した。このほうがコスト的にはかなり抑えられた。前年に函館まで延びた新幹線が観光にどのような影響を与えたかという報告があったが、物流に関する言及はなかった。この問題は物流学会のほうでも誰も触れていなかった。

 学会のあと、プロ野球のドラフト会議が行われて神宮出場に貢献した投手がスワローズから指名された。会見は監督と選手の二人でという形である。他の部活動ではサッカーが翌年に行われるロシアワールドカップに向けて付属校から地元のJ1に入った選手が代表の候補に残っていた。

 大学の剣道部は男女ともに全日本学生選手権に出た。女子が出場するのは始めてである。娘は秋の市民大会でも準優勝だった。最後の相手は大学生である。長男の進路はほぼ固まっていたが、娘はどんな分野に進むのか決めかねているようだった。体育系の学部に行くにはもう少し上のレベルで勝たなければならなかった。

 紀要にに向けての論稿は旅行会社によるレポートも参照しながら進めた。日本に来る観光客の比率はアジアがダントツである。九州では新幹線や特急列車の車内放送が日英中韓の四ヶ国語対応になっていた。さまざまな案内表示も四カ国となっているが、他の言語にも拡大しているのも重要である。

 駅のナンバリングというのも進みだしていた。日本の地理に詳しくない外国人には路線と駅のコード化がわかりやすさにつながるようである。とはいえ、なじみの駅が番号になってしまうのは少し抵抗があった。私がよく利用する阪和線だと起点の天王寺をH1とすると母校の最寄はH7で、自宅のそばはH10だった。

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