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2019年2月11日 (月)

陽炎(94)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 大学に移って二十年目になった。学務は就職相談室長と入試委員を前年に引き続いて行うことになった。野球部長という立場で春の大会では神宮に同行もした。試合は投手戦になり、最後は守備の乱れで一回だけの戦いで終わった。ピッチャーは三振を十個奪い、プロからも注目されていると報じられた。

 娘はSN高に進み、引き続き剣道部である。春の市民大会では十代女子の部に出たが、他校の三年生に決勝で敗れた。それでもインターハイ予選の団体には先鋒に選ばれ、二試合で二勝をあげた。兄は団体の中堅として三試合を戦い二勝一敗である。個人にも出たが、こちらは府大会まであと一歩だった。

 物流学会には自由論題で「引越しのピーク分散に関する一考察」というプロポーザルを出した。テレワークと通勤や出張について研究した延長で、儀行の人事異動、さらには学校の一斉入学といった問題点をあぶりだす試みである。長男の進路がどうなるかも気になるところだが、今のところ自宅通学可能なエリアの工学部というところだった。

 交通学会についてはプロポーザルは出さず、大学の紀要に出すということを考えた。テーマは「鉄道事業者と外国人観光客対応」である。これは海外との比較もしたいと思ったが、最終的には空港アクセスに限られた。個人旅行では公共交通の利便性が重要というのが結論である。

 交通学会の関西部会では災害と鉄道というテーマで、熊本の地震で被災した豊肥線の問題が取り上げられた。吸収では第三セクターの高千穂鉄道が台風被害によって廃止となったが、豊肥線の阿蘇外輪山の部分での土砂崩れは復旧不可能と言われていた。豪華観光列車も豊肥線が走れなくなり、なんとか通れる東から阿蘇へのアクセスという状態である。

 関西部会が行われたのは六月だが、翌月の初めには九州横断のもうひとつの路線である久大線が豪雨で被災した。湯布院は大分から入るという方法だが、こちらは鉄橋を直せば再び通れる状態である。しかし、小倉と日田をつなぐ日田彦山線は福岡・大分の県境で大きな被害が出て復旧の見込みがたたないという状態になった。

 鉄道がローカルエリアにとってスピリチュアルな存在ということがまたものしかかった。東北では山田線の宮古と釜石が第三セクターの三陸鉄道に移されることになって工事が進んでいた。いわばJRからの「手切れ」であるが、その山田線よりも日田彦山線の普通期間の利用状況は厳しかった。

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