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2019年2月 7日 (木)

陽炎(86)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 ベトナム出張は私と事務局でベトナム語のわかるスタッフと二人で実施した。スタッフはO外国語大学でフランス語を専攻して商社に入り、ベトナムとのビジネスの経験を持っていた。穂ホーチミンとハノイにある日本語学校を回って大学の案内をするというのがミッションである。留学生もそこを通してきているので顔つなぎという意味が大きかった。

 関西空港からまずホーチミンに飛んだ。国営航空の機材は767である。四十年前までアメリカと戦っていた国がボーイングを使うという状況に時代の流れを強く感じた。スタッフは私よりも年上だが、私が窓側、スタッフが通路という座り方になった。横7列の客室はほぼ満室でその多くは観光客のようである。

 ホーチミンは大阪以上に空気がねっとりしていたが、経済発展のため、街全体にエネルギーが沸き立っているという印象を受けた。現地のスタッフの案内で提携先の学校に挨拶周りをしていたら他の大学からも来ているらしく、学会で知っている人と鉢合わせすることもあるかも・・・と思った

 ホーチミンには二泊して観光スポットも案内してもらった。やはりここは共産圏なのだということを感じさせられた。ハノイへの移動はATR72という七十人乗りのプロペラ機である。プロペラは伊丹と新潟を往復して以来だが、それと大きさは同じ、ただし、機内の込み具合はこちらのほうが上だった。

 天気が悪くてインドシナ半島の大地は見えなかった。かつて米軍の爆撃機が爆弾の雨を降らせたであろう大地を想像しながらのフライトだが、高速鉄道はたぶん無理だろうと感じた。今はプロペラだが、ジェットでもう少し大きいので十分という気がした。ハノイに着くとこちらも二泊して挨拶周りと観光スポットめぐりである。

 ハノイから少し離れたハロン湾やカンボジアへのゲートウェイというのが日本のツアーでは有名だった。ハノイから関西に戻る飛行機も767だが、やはり団体の観光客でいっぱいである。ハノイは夜遅く出発し、関西国際空港に着いたのは早朝である。そのまま家に帰って熟睡した。

 この出張報告は九月の委員会と教授会で行った。留学生の受け入れだけでなく、学生の短期留学の可能性も検討したが、日本の学生の内向き志向は強く、インターネットで海外の様子を見られるだけで満足しているのではないかと指摘する先生もいた。バーチャルをどうリアルの交通行動に結びつけるのかという問題はここにも存在した。

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