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2019年2月 1日 (金)

陽炎(76)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 東日本大震災が発生した時、東北地方を旅行していた者や実家が東北という学生が十数人いたが、全員無事であることが確認された。津波や原発避難の混乱にさらされたケースはなかったものの、危機管理の重要性を改めて感じた。観光が打撃を受けるのは災害時として致し方ない側面はあるものの、物流への影響は今後の研究課題である。冬場ということで灯油の不足は人名に直結する深刻な問題だった。あまり使われなくなった石油タンクによる鉄道輸送もこのときは臨時で復活した。

 新年殿学務は広報委員長から解放されたが、入試委員会という激務に移った。学生委員会も割り当てられて、今回は学生相談室長という立場に置かれた。入試については一般乳歯の歴史・地理・公民の問題作成と面接をやることとなった。相談室は火曜日の昼休みから三時限目に法学部棟に設置された。ここでの相談内容は悩み事、教職員によるセクハラや強圧的な指導、学生同士のトラブルなどである。他に投書箱やインターネットでも相談を受け付けた。相談室に来るよりもネットというのが年々比率が高くなっているようである。

 相談内容をとりまとめて教務・学生部の各メンバーに割り振っていくのが室長の役目であるが、人生の悩みともなると心理学の専門家でないと手に負えないところだった。教員と学生との関係ともなると教務を通して個々の教員に対応を促すということもしていた。生活の悩みでも金銭となると法律の知識が必要だった。

 周の進学も大事なプロジェクトである。母国でも次第に広がっているネット通販と宅配業界について研究したいということであるが、まずは英語力のアップが課題だった。全般的に見て日本に来る学生の英語力は「二流」で「一流」だったらアメリカに行くという傾向が強かった。母国ならば国公立に行く力はあるが、外国となるとどうしても行ける大学のランクは下降した。それは私自身にも言えた。

 ゴールデンウィークがあける頃から被災地でボランティアをしたいという相談が出てきた。発生直後は被災地が大混乱の状況にあったが、なにかできることはと「義捐金」から始まった。仙台空港が再開して大阪から飛行機で移動できるようになったものの、宿泊できる場所の問題もあり、瓦礫の片付けや津波堆積物の撤去といった作業も素人の学生で果たして大丈夫かと心配する教員も多かった。

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