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2019年2月10日 (日)

陽炎(92)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

  物流学会が行われたのはO大学である。まさかここでやるとは夢にも思わなかった。同じ阪急沿線で、モノレールからも近いが、阪急宝塚線の石橋駅から歩くことにした。ここは交通学会でも来たことはなく、キャンパスにはなじみが全くなかった。長男がどこの大学を目指すのかまだわからないが、ここのハードルは高いということは聞き及んでいた。

 研究発表は150人規模の教室で行われた。懇親会は大学生協の食堂が使われた。母校の生協もようやく模様替えでこぎれいになったが、ここはホテルかと思うような豪華なつくりである。もっとも昭和時代はそれなりに古びたものであっただろうと推測した。トイレも「和室」が撲滅されてオール「洋室」である。

 東京からの参加者は梅田近辺に投宿していた。新阪急ホテルが学会のお勧めで、ここは阪急梅田駅のすぐ脇である。大阪ステーションホテルは大阪駅と直結しているが、その大阪駅は大改修された。27階建ての駅ビルの北側展望室からは以前は眼下に駅を発着する列車、その先には貨物駅、さらに視線を遠くにすると淀川にかかる何本もの橋を見ることができたのだが、貨物の駅はなくなり、線路を覆うように駅の北側のビルと屋根がつけられた。大阪駅のホームにいると外国にいるような雰囲気になっていた。

 交通学会が行われたのは三田にあるK大学である。マイルを使って関西空港と羽田を往復した。どちらもSFにしたのだが、これだと一日目の午前と二日目の午後はなしである。一日目の午後にある総会では学会賞が発表され、私の作品は落選だった。懇親会では惜しかったという言葉をかけられた。

 それから学会の会場を打診された。翌年は中京圏の大学で、その次に関西でやるか東京でやるかだが、関西でやれるならという意見が強いということを知らされた。交通学会のメンバーはまだ関東が主流であるが、西日本の先生も多く、特に九州の研究者が増えていた。

 とりあえず、大学に持ち帰って相談するという返事をした。早速その話をすると前向きな返事をもらえた。タイ出身の学生のR経済大学の院への進学は研究所のOBに引き受けてもらった。この人はレムチャバン港の調査にも関わったことがあり、タイの情勢に興味を持っていることが大きかった。

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