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2019年1月26日 (土)

陽炎(64)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 十年目の学務は教務と学生である。学生のほうは奨学金から就職に移った。物流産業の受講者は197人で、観光産業が214人だった。三年ゼミは22人で、大学院志望の陳には「チャイナランドブリッジ」について研究してもらうことにした。観光産業のテキストに共著を入れてシラバスを作ったが、中心は私の担当した部分である。

 紀要にも投稿しておく必要があったので、「競争環境変化と日系エアライン」というタイトルで航空規制緩和の最新動向を書いた。北九州空港が新しくなって登場したSF航空は通常よりもゆったりした革張りのシート、しかも全席にモニターをつけ、コーヒーなどの機内サービスも無料のままブランドの高いものを提供という「高級路線」で入った。全席モニターは国際線では普通だが、国内線はD航空の777以来である。

 こうしたサービスを有料にして格安運賃という手法はとらないので、アジアで広がりつつある格安航空とは一線を画していると指摘した。同時に既存大手との協力関係が鍵と見ていたらA空輸と提携することになって執筆途中で加えることになった。福岡との差別化は北九州を朝五時半出発、羽田を午後十一時に出て午前零時過ぎに到着というダイヤは福岡空港が午後十時にクローズするという点で差別化が図られた。福岡エリアにも北九州から深夜移動というケースも出ていた。

 貨物専用のG航空が羽田・北九州を往復するようになったが、こちらは不振が続いた。結局のところ貨物の量が期待したほどではなかったのである。どうやら国内ではなく、国際で考えないといけないが、どこにつなげばいいのか私にもはっきりわからなかった。すでに那覇をハブにしてここを中継するという方法をA空輸は取り始めていた。結局、北九州も那覇を介してということになりそうだった。

 剣道部は全日本学生選手権を目指したが、団体はD大学にあと一歩のところで敗北した。一勝一敗二引き分けで山田は大将として望みをかけたが、中学・高校と全国大会経験を持つ相手から面返し胴を奪われて涙を飲んだ。個人では山田はなんとか全国出場を果たしたものの、全国では一回戦で愛知の選手に負けた。就職に関してはN社に内定をもらうことができた。エアカーゴについての知識は注ぎ込んだので、この分野ならと思った。ここには剣道七段を持つオランダ人の社員もいた。

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