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2019年1月31日 (木)

陽炎(73)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 平成22年度の学務は前年に引き続いてである。広報は二人入れ替わり、国際交流でも入れ替わりがあった。三年のゼミ生は19人と例年に比べると少し減ったが、大学院希望も一人いた。中国からの留学生で周といい、企業物流の研究をしたいということである。彼も国営企業に勤務したことがあり、もうすぐ三十歳を迎える身だった。

 物流産業は182人、観光産業は201人と少し減った。少子化が大学経営に与える影響をひしひしと感じざるを得ず、どこも生き残りに躍起になっていた。運輸専門誌のイギリス鉄道のエッセイに続いて海外鉄道貨物輸送の特集に向けての執筆も始めた。秋の二つの学会のほうは統一論題でも声がかからなかった。

 子供たちの剣道の試合は春の市民大会で娘がベスト4で、長男も三勝を挙げてベスト8で入賞した。大学の剣道部は個人は男女ともに全国出場を逃したが、団体では男子が全国を果たした。N社のホームページを覗いて山田の動向も確かめたら先鋒として活躍しているようである。

 六月には神戸に行った王さんが「中国のエアラインの同行」というテーマで報告をした。六年前に設立されたSJ航空の状況を掘り下げていた。上海ベースの新しいエアラインで、日本の地方都市へチャーターを就航させることで日本の自治体と協定が成立し、今後は地方空港の利用促進を目指す日本側の意図もあって拡大していくであろうと彼女は言った。

 とりあえず格安エアラインの動向については大学の紀要に書いておこうと思った。観光産業の共著の改訂も始まってエアラインの部分で北九州ベースのSF社がA空輸の傘下に入ったことを加えた。海外の格安エアラインの日本乗り入れも始まってオーストラリアのJSが成田や関西とケアンズを結び、旅行代理店のツアーもこの会社を利用しはじめていた。しかし、日本国内の運行となると「代表者が日本国籍」「役員・株式の外国人比率三分の一以下」という航空ナショナリズムの壁があり、やるとなると日本法人の設立という形が必要である。

 研究所のOB会は三年目に初代会長が亡くなって二代目は私が入ったときに社長を務めていた人がなったが、年配の会員の訃報が次々にある中で活動は停滞し、解散ということになった。団塊の世代で少し多かった年代の大量退職があったものの、新しく入る人がいなかったというのも理由のようである。

 

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