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2019年1月28日 (月)

陽炎(67)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 教授に昇進すると月一度の教授会に出るのが義務となった。広報委員長という立場にもなったので、関連する報告も必要だった。教授会は本館の大会議室で行われ、学長・副学長に事務局長と事務各部の部長、そして教授全員である。七十歳の定年間近の人から私のように四十歳、これより若い教授は法学部に二人いた。

 広報委員会は私が長だが、准教授二人に講師一人の計四人の教員がメンバーだった。講師はコンピュータ教育担当でポー無ページ関係、准教授は一人が行政法専門の若手、もう一人は銀行に長く勤めた金融論の担当で、広報部勤務の経験もあった。年齢的には元銀行の人が委員長に適任なのだが、職階というので私に回ってきた。

 大学からは北京オリンピックに水泳で出場する選手が出たものの、大学としての宣伝はオリンピック委員会から固く止められた。クラブ活動では野球とサッカーが活躍し、山田が抜けた後も剣道部は好成績を維持していた。とりあえず次の年度に向けてのパンフレット作成が課題となったが、卒業生の進路をどうアピールするかが鍵である。

 ゼミ生の陳を私の母校の経営学の博士前期課程に送り込むことに成功したら、卒業生の声に取り入れようと目論んだ。私のゼミからはタイガース入団は出せなかったが、山田をパンフに掲載してもらうことはできた。N社のホームページにはスポーツコーナーがあって剣道部の新人に山田の名が入った。O産業大・四段というのもわかったが、どこの所属になったのかわかったのは彼がゴールデンウィーク明けに送ってきたEメールである。配属は羽田空港支店だった。

 物流学会の準備で事務局となっている古巣とのやり取りが増えた。事務局長は経済研究部の主任研究員である。六月初めの自由論題発表の希望締め切りでは28人から申し込みがあり、全員を了承しても教室は対応できるということになった。環境問題・サプライチェーン・国際物流・労働問題と様々な研究があって北海道から九州まで参加が広まっていた。研究所からの発表がないのには少し落胆したが、いろいろと忙しいのだろうと思った。

 就職のほうでは水曜の教授会や委員会と重ならないときに模擬面接が実施された。企業だけでなく、公務員や大学院でも入隊質のマナーや受け答え、これは実務経験の長い先生や事務の人が事細かな指導をした。私は内容のほうである。

 

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