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2019年1月26日 (土)

陽炎(63)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 野球部のエースピッチャーのゼミ生がタイガースからドラフト指名された。もちろん入団するということで、広報部が記者会見を主催した。広報委員長と野球部監督にはさまれての会見は、指名を受けた抱負と正式契約の二回、実施された。一度だけ、私のゼミでの様子を写真にということで在阪のスポーツ紙から取材を受けた。

 ゼミ生の進路も多様化してN社の警備輸送やFエクスプレス、引越しのAの他、損害保険、消防士、家電量販店という具合に業種が広がった。次のゼミの希望者には陳という中国からの留学生が物流の研究で大学院に進みたいと言って来た。教務で見た成績では大学院に行く力は十分あると見込んだ。私の母校に送り込むとなると経営研究ということになった。

 平成十九年が明けて大学の剣道部の稽古初めに家族四人で顔を出した。娘は見るだけだが、長男は防具をかついでの移動である。普段の稽古は家で着替えて垂れと胴まで着けて通ったが、電車となるとそうはいかなかった。私の通勤ルートと同じく、三国ヶ丘で関空快速に乗り換えて大阪に行き、梅田から半球京都線である。これは金閣・銀閣・清水寺に行ったときと同じだった。

 二日は各自の母校で、大学は三日の昼からだった。とりあえず、駅前のファミリーレストランで食事をしてキャンパスに入った。稽古会の師範や前の剣道部長、卒業生が十五人、現役は三十人、そして付属校で春に入学予定の者や付属の生徒、さらに卒業生の教え子や師弟など百人近くが体育館に集まった。

 卒業生はもちろん、山田も学生のほうで元にたった。長男も掛かりにいって面を打って胴をたたいて間をあけ、小手・面を打って胴をたたいて離れるを繰り返した。一時間半ほどの稽古が終わると卒業生の会の代表が簡単なあいさつをして稽古はじめが終了した。帰りは稽古会の先生がワゴン車に一人で来ていたので同乗させてもらった。車の中では娘がいつから防具を着けるかという話である。白い剣道着と袴は兄から妹にそして兄のほうには上下紺、防具も妹に渡すと別の道具を借りるということである。

 

 

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