« 大野城でマラソン | トップページ | 全日空の広告が »

2019年1月22日 (火)

陽炎(55)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 七年目の学務は学生委員会のクラブ・サークルは引き続き、そして広報委員会では宣伝広告を担当することになった。広告代理店を通して駅や電車の交通広告、新聞・雑誌に掲載してもらう広告の管理である。阪急京都線と大阪モノレールはなんとしてもはずせないし、あとは京阪とJRの東海道・大阪環状線、大阪市営地下鉄も重要である。

 剣道部長としては、四月最初の土曜日に稽古の様子を視察した。平日は午後六時から八時までやっているが、博士論文の詰めもあるし、土曜日も論文のために大学に足を運んだ。ネット小売は洗剤や飲み物など重たい品物を妻の代わりに買うという生活で必要性を痛感していた。

 土曜日の稽古は昼間に行われた。卒業生がコーチや師範として来ていて新入生の山田の腕を高く評価していた。彼は一年ゼミで私の担当となった。「十年後の自分」という作文でも警察または実業団という希望を書いていた。それは推薦の作文と同じである。背丈は普通だが、面の踏み込みは鋭く、小手や胴も冴えていた。

 師範から私もやってみてはどうかと薦められたが、丁重にお断りした。代わりに子供に始めさせるということも提案すると堺にいる卒業生を紹介された。上はどちらかというと文化系向きなのかなというところがあったが、小学生になったらさせてみるのもいいかもしれないと感じていた。

 物流産業は185人、観光産業論は223人が受講届けを出してきた。ゼミは24人である。私のところからは貨物・流通・旅行とかに行く者が多くなっていた。N社の警備輸送にはサッカー部の者が入り、初めてフェリーの関係に行く学生も出た。航路は大阪・北九州を結ぶMフェリーである。

 毎月行われる交通学会の関西部会はもっぱら聞き役だった。私鉄・エアラインの話に加えて海外事情もあるが、その海外は少しずつアジアが増えた。発表する大学院生も中国と韓国に加えて、タイ・マレーシア・インドネシアと様々な国籍になってきた。格安の航空会社は日本ではまだまだという状況である。

 新しくなる北九州空港を拠点にした航空会社のことは常にマークするようにしていた。すでに吸収では宮崎拠点の新エアラインができたものの、集客力の強いA空輸の傘下に入ることとなった。北九州の新会社も同じようになるのではないかというのが私の見立てである。論稿をどこに出すのか、自分の勤務先の紀要か母校の学術論文集か、はたまた運輸専門誌か。教授昇進もさることながら、昇進してからまったく書かないと言われないことも重要である。

|

« 大野城でマラソン | トップページ | 全日空の広告が »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大野城でマラソン | トップページ | 全日空の広告が »