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2019年1月20日 (日)

陽炎(52)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 平成16年が明けて大学入試センターが実施された。私は警備である。正門の守衛室、裏門での立ち番の次は廊下での待機要員だった。受験生が時間中にトイレに行く場合、付き添って「個室」の中で不正をしないかという役割である。女子は女性の職員、男子は私ということで教室の外に置いたパイプ椅子に腰を下ろした。

 ハプニングはいきなり起きた。一番最初の「地理・歴史・公民」が始まって四十分で教室内の監督者から男子の受験生からトイレに行きたいという申し出があったと告げられた。三十分で試験を受けるのをやめて退室する場合は答案のマークシートを裏返しにして問題用紙を持って退出だが、この場合は問題用紙を机に置いてである。

 出てきたのは紺色の付属校ではなく、黒の詰襟の公立校の生徒だった。切羽詰まっているらしく早足でトイレへ向かい、五つある個室の一番手前に飛び込んだ。洋式は一番奥だけで後の四つは和式である。私は他の個室のトイレットペーパーがちゃんとあるか確かめるふりをしながら個室から発せられる音に耳をすませた。

 ベルトを緩め、ズボンを下げてしゃがむ気配があった。ボチャッという水のはねる音が聞こえ、トイレットペーパーを引き出す音がした。拭くのは一回だけで、下痢ではないのかなと思った。ズボンを上げてベルトを締める音、それから便器の前の部分のレバーを踏んだはずだが、水の流れる音がしなかった。

 受験生がとまどう様子に私は「こっちで始末するからすぐに教室に戻っていいよ」と声をかけた。マニュアルにはないが、とりあえず戻らせればいいかなと判断した。ドアを開けた彼は首をすくめるように歩き、手をサッと洗って早足で出て行った。個室を覗くと平たい水溜りの前から後ろにかけて一直線に太い茶色の棒が横たわり、湯気を発していた

 レバーを踏んでみたが、パイプの機嫌が悪いのか水が出なかった。とりあえずトイレ故障と渡されたパーソナルハンディホンで事務室に伝えて所定の位置に戻った。しばらくして清掃担当の職員が来てトイレに入り、「今は流れましたよ」と笑いをこらえるような表情で言った。

 センター試験の点数を利用する志願者も結構多かった。府立大や私の母校に行く力のある者は全員合格である。国語・英語と地理・歴史・公民の点数で七割以上あれば楽々合格だったし、六割くらいまでは引き受けるというのが大学の方針である。それ以下となるとスポーツの実績次第だった。

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