« 福岡市博物館で・・・ | トップページ | 陽炎(52) »

2019年1月20日 (日)

陽炎(51)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 推薦入試の選考は十一月十五日に始まった。剣道部長を引き受ける決断をした私はその関係で入ろうとしている学生に注目した。付属校からは男二人、女一人が、他校ではS高校の山田という受験生がいた。山田の自己PRでは二年の秋と三年の春の府大会出場とあり、福岡で行われる大会で二年生のときに五人抜きを果たしたとあった。

 S高校は中学からある学校で母校にもたくさん来ている文武両道の学校である。福岡で七月に行われる大会がどんなものがインターネットで調べて調べると会場は研究所時代に行った福岡市港湾局の近くで工事していた建物である。さらに主宰の新聞社が試合結果を載せていた。

 平成十四年の大会で、山田は先鋒として入り、福岡県の高校と一回戦であたって、五人を抜いたのが証明された。ハイライトシーンというのがあってそこをクリックすると彼が相手の面をかわして胴を打ったり、鍔競り合いの状態から相手の胴を打つシーンが出ていた。高校の剣道の授業しかしらないが、この技はとてもカッコいいなと感じていたのを思い出した。彼はこの試合で胴を五本決め、あとは互いの面勝負での面と小手が一本ずつ、面や小手はよくわからなかった。

 次にあたったのは熊本の高校である。山田は負け、大将までもつれたが、S高校はここで散った。互いに竹刀の先が触れ合った状態から山田が面を打ちに行って胴を打たれ、はじけるような音が響いた。その次のシーンは次の選手が小手を決めたところである。つまり一本負けだったのだとわかった。

 三年生になったときには大将として入っていた。一回戦の山口県の高校、二回戦が地元の高校とあたっていたが、山田の前で勝負がついていた。三回戦は東京の高校が相手で向こうの副将と山田の対決となり、引き分けでS高校の敗北となった。とりあえず欲しい学生ということでサインした。学業のほうは府立大学がどうかなというところである。学部が私のいるところを志望というのでN社の剣道部に送り込むということも考えた。

 交通学会の年俸掲載に向けてはほとんど手直しせずにいけそうだった。物流学会は古巣の研究所に事務局が置かれることが決まった。N本社が秋葉原から新橋に移転し、それに伴ってのようだった。研究所のOB会が結成されることになって私にも案内があった。年会費2000円で第一回の総会を三月の半ばに新橋でやるということだった。とりあえず古巣も訪ねてみるということで返事を出した。

|

« 福岡市博物館で・・・ | トップページ | 陽炎(52) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 福岡市博物館で・・・ | トップページ | 陽炎(52) »