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2019年1月10日 (木)

陽炎(32)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 3月は有給の消化も兼ねて授業の準備に取り組んだ。シラバスでは物流産業論は輸送だけでなく、流通加工や保管・荷役といった物流の要素、さらには国際や環境・労働といった様々な問題を取り扱うとしていた。著書として数人で共同して書くものも検討されていてR経済大学にも足を運んだ。

 引越しの荷物は家電製品と布団が最後に送り出すのだが、これはN社の引越し事業部を通して平井の支店に頼んだ。倉庫で一時保管してもらう形である。とりあえず、研究所からは大学宛に直接期日指定の炊く宅配便で出すことにし、夏物衣料とかも宅配便で自宅宛、自宅にある研究資料は大学に宅配便、冬物の医療は引っ越す日の物を残して前日に宅配便で出すという形だった。

 職場の送別会は研究室が三日前の昼食会という形、組合は一週間前、年度末の多忙ななかで恐縮だが、欠席の人は少なかった。私だけでなく、経営コンサルティング部からも大学に移る人がいた。役職は研究主さで組合の委員長もやっていた。行き先は名古屋にある私立大学である。

 三月三十一日は午前中に引越し業者に荷物を託し、不動産業者に鍵を返した。保証金などは銀行口座に戻す形なので、講座の解約は大阪の支店である。午後二時に最後の出勤をして管理部の人に社員証や健康保険証を返却した。定期券は十日分残っているが、記念に取っていてもいいと言われた。各部をさっとまわって別れのあいさつをし、午後四時に研究所を出た。顔なじみになった守衛室の人にも「大阪の大学に移る旨」を伝えた。

 東京駅を午後六時に出る「のぞみ」に乗り、車内で駅弁の夕食を済ませた。母校のある杉本町が「大阪市内」の最南端だが、天王寺で地下鉄御堂筋線に乗り換えた。実家は終点の中百舌鳥に近かった。家に着くと軽く乾杯をして翌日からの初出勤に備えた。地下鉄で梅田まで行き、阪急に乗るか、動物園前で境筋線に乗り換えて阪急とするかとりあえず定期券をどうするのかが考えどころである。毎日出勤しなくていいのなら回数券でもいいのだが、大学も次第に拘束時間が長くなっていると先輩から聞いていた。

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