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2019年1月31日 (木)

今日は丸一日

雨でした 東京では雪が降るかも・・・と Σ(゚□゚(゚□゚*)

180727_125814原北での稽古 体育館はかなり寒かったです で Ф大とQ大の学生が始めて揃って 二人でやっているのは迫力ありましたなぁ で Ф大とは一分半 Q大 五分くらい試合稽古 終わってからの心拍 117でした (*´Д`*)

ビーバー総理 国会での答弁 メガネかけてですかぁ 父上に似てきたなぁ あと 民主党で大臣もやった方が 自民党に入ろうとしているんだって ちょっとそれは (・_・)エッ....?

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陽炎(74)

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 夏休みを利用して家族四人で上海万博を見に行った。子供たちには初めての海外が中国というのはなんとも複雑である。家族での本格的な旅も考えてみれば初めてで、今までは近畿だけだった。関西国際空港からA空輸で昼前に出発し、浦東国際空港に着いた。関西よりも大きなターミナルビルに子供たちは圧倒されていた。

 現地係員と合流してホテルに行き、翌日は万博会場である。中国館のデザインは東京ビッグサイトを赤くしただけのような気がしたが、心のうちにしまっておいた。丸一日会場を見て回ると三日目は市内の観光である。テレビタワーや金融センター、外灘といった観光スポットをガイド付きで回るのはオプションである。

 最終日は空港までリニアで移動した。最高速度431キロは私にとっても初体験で、こんなスピードを出すなら空を飛ぶほうがマシというようなスリリングさだった。昼過ぎに出発して関西国際空港に戻ったのは午後三時を回った頃である。この旅で貯めたマイルは交通学会に転用することにした。

 物流学会は関西で開かれたが、交通は東北大学で行われた。伊丹の空港からはA空輸の子会社となったF社の便で往復した。五十人乗りの小型ジェットに乗るのは初めてである。伊丹と新潟を往復したときは七十四人乗りのプロペラ機で、これも初めての体験だった。とにかく日本のエアラインの機材のダウンサイジングは急激に進んでいた。

 J航空の経営破綻と業界の将来という発表もあった。これをきっかけに格安エアラインが一気に増えるのではないかと論じたのは元J航空の先生である。パイロットや整備士がリストラで削減されると受け皿が必要になるが、それが格安エアラインというのは諸外国の事例からである。

 A空輸が香港の投資会社と手を組んで格安エアラインを設立するという話も持ち上がった。さらに王さんが取り上げたSJ航空が西日本のいくつかのローカル空港を経て成田へという構想を持っていることがわかった。日本国内だけの利用は航空法で硬く禁じられているが、日本法人となると話は違った。

 仙台に行っている間に子供二人は秋の市民大会に出た。兄は二回戦で敗北し、妹はベスト8に入った。少しでも強くなりたいと二人は週三回の稽古すべてに出ていた。兄のほうはそろそろ中学をどうするか考える時期に来ていた。公立中には剣道部がなく、それなりの学力をつけるとなると剣道ができる環境のある私立が有力候補である。

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今朝の梅です

今朝の
雨が降る中 まだまだ少ないなぁ ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

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陽炎(73)

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 平成22年度の学務は前年に引き続いてである。広報は二人入れ替わり、国際交流でも入れ替わりがあった。三年のゼミ生は19人と例年に比べると少し減ったが、大学院希望も一人いた。中国からの留学生で周といい、企業物流の研究をしたいということである。彼も国営企業に勤務したことがあり、もうすぐ三十歳を迎える身だった。

 物流産業は182人、観光産業は201人と少し減った。少子化が大学経営に与える影響をひしひしと感じざるを得ず、どこも生き残りに躍起になっていた。運輸専門誌のイギリス鉄道のエッセイに続いて海外鉄道貨物輸送の特集に向けての執筆も始めた。秋の二つの学会のほうは統一論題でも声がかからなかった。

 子供たちの剣道の試合は春の市民大会で娘がベスト4で、長男も三勝を挙げてベスト8で入賞した。大学の剣道部は個人は男女ともに全国出場を逃したが、団体では男子が全国を果たした。N社のホームページを覗いて山田の動向も確かめたら先鋒として活躍しているようである。

 六月には神戸に行った王さんが「中国のエアラインの同行」というテーマで報告をした。六年前に設立されたSJ航空の状況を掘り下げていた。上海ベースの新しいエアラインで、日本の地方都市へチャーターを就航させることで日本の自治体と協定が成立し、今後は地方空港の利用促進を目指す日本側の意図もあって拡大していくであろうと彼女は言った。

 とりあえず格安エアラインの動向については大学の紀要に書いておこうと思った。観光産業の共著の改訂も始まってエアラインの部分で北九州ベースのSF社がA空輸の傘下に入ったことを加えた。海外の格安エアラインの日本乗り入れも始まってオーストラリアのJSが成田や関西とケアンズを結び、旅行代理店のツアーもこの会社を利用しはじめていた。しかし、日本国内の運行となると「代表者が日本国籍」「役員・株式の外国人比率三分の一以下」という航空ナショナリズムの壁があり、やるとなると日本法人の設立という形が必要である。

 研究所のOB会は三年目に初代会長が亡くなって二代目は私が入ったときに社長を務めていた人がなったが、年配の会員の訃報が次々にある中で活動は停滞し、解散ということになった。団塊の世代で少し多かった年代の大量退職があったものの、新しく入る人がいなかったというのも理由のようである。

 

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東日本大震災(3227)

が降っています ネタがどうも・・・

北茨城 1月のスポーツ施設 最大値 0.08  

伊達 1月25日 最大値 0.60 

那須塩原 1月28日 市役所 0.08 

復興庁 避難 全国 5万2731(ー978) 福島 9721(-343) 岩手 3888(-266) 宮城 2213(-213) 福島kらが 3万2768 変わらないなあ 1000人以上は 北海道 1534 山形 1987 茨城 3373 栃木 2869 埼玉 3493 千葉 2585 東京 4685 神奈川 2269 新潟 2598

福島県 1月30日 15時 福島市 0.14 郡山市 0.08 南相馬 0.07

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2019年1月30日 (水)

マァいろいろと…

180129_120258今日も日差しが出たけど 気温は思ったほど高いとは感じませんでした ((・(ェ)・;))

国会は厚生労働省の問題で根本大臣が集中砲火 「こんぽんてきな」問題ではありますが あのぉ 民主党時代の大臣も気づかなかったという 責めを負わないといけないよね 笑ってごまかす自分の失敗 絶対許すな他人の失敗 m9(^Д^)プギャー

福岡県知事選挙 自民党本部は 現職ではなく 若手の新人に推薦を出すことに まっ どんな政治力学が働いたのかは キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

今月は 50リットルで715キロ走りました あとブログの容量は63%の半ばです (*ノv`)

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陽炎(72)

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 物流学会は関東で行われたが、陳が中国の鉄道貨物について報告するということで顔を出した。コメンテーターは深井にお願いした。彼はこのところシベリア鉄道がらみの調査で中国だけでなく、ロシアの専門も深めていた。交通学会のほうはR大学で琵琶湖の近くのキャンパスなので出席した。運輸専門誌にはイギリスの鉄道最新事情というエッセイを出す約束をしていたが、さらに「海外の鉄道貨物輸送の動向」という特集でイギリスをやってほしいと打診された。

 王さんは神戸の大学院に合格した。彼女には関西部会のほうで中国のエアラインの動向を発表してもらう予定だが、それは大学院に入ってからになる見込みだった。大学の広報としては学部のうちにやってもらいたいところであるものの、やはり院生や実務家でないと無理だった。

 十一月になって一・二年生のゼミを大学近くの阪急電鉄正雀工場の見学にした。産業観光として工場の見学会をあちこちでやるようになっていて鉄道車両の整備もその一環である。電車の車体と足回りが分けられて検査されている様子や昔の車両の保存展示など、気分転換には有効だった。昔はチョコレート色だけだったのが、屋根の部分が白く塗られた車両が増えた。それは以前は京都線の特急だけである。春に開通した阪神なんば線は神戸と奈良を乗り換えなしで結ぶが、その車両は黄色と黒を織り交ぜたもので、特急・急行の赤胴、普通の青胴という阪神カラーのイメージを壊すのに十分だった

 広報ではイギリスへの短期留学の体験談がホームページに掲載された。私が写したロンドン・マンチェスターの列車や滞在先のキャンパスやドミトリー、さらにはロンドンの観光ではロンドンアイから見下ろしたテムズ川やウォータールーの駅などを入れてもらった。運輸専門誌に投稿したエッセイにはマンチェスターへの列車の他に貨物列車やロンドン近郊の通勤列車も加えた。

 国際交流委員会では次の年に向けて英・仏・米・豪州・中国への短期留学の募集計画を立てた。年末に説明会を開くための資料作成をしたが、説明会に参加した学生は十名そこそこである。リーマンショックの影響は大きく、せいぜい中国というところだった。上海では万博があるので、それを見に行くというのもあるかなと思った。中国に同行するのは中国経済を担当する中国人の教員だった。私は豪州に希望者が出たら同行となったが、誰もいなかった。

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更地になって

更地に
2ヶ月経過 まだどうなるかわからないみたい \(;゚∇゚)/

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陽炎(71)

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 イギリス向けて出発したのは盆休み明けである。広報委員長の代行は元銀行の人にお願いした。学生は寝屋川に実家があって法学部の二年生である。一年のゼミで私のところにいたのでその点は少し気持ちが楽だった。関西空港駅で待ち合わせて出国審査・搭乗ゲートへと進んだ。

 十年前の新婚旅行のとき、関西・シンガポール・ロンドンはすべて747だった。今回は関西・シンガポールが777で、シンガポールとロンドンは世界妻帯の旅客機となったエアバスのA380である。学生は初めて海外に行くので窓側に座らせ、私は通路側で交通学会の会員の一人が出した著作のページをめくった。

 シンガポール空港のターミナルビルの大きさに学生は圧倒されていた。マーライオンとかを見に行くのは夜になっていたので、ターミナルで時間をつぶし、ロンドン行きに乗り込んだ。暗いので機体は見えなかった。エコノミーは一階で私たちは後ろの席である。胴体の長さだけが、380の大きさを物語っていた。

 ヒースローに着いたのは朝である。ターミナルの長い通路を歩いて入国審査場に行き、地下鉄でマンチェスター行きの列車が出る駅に移動した。列車はエアラインもやっているVグループが運行していて、イギリス国内の都市間高速列車の一部はこの会社によるものだった。東海岸を行く路線は電車だが、マンチェスター行きはディーゼルである。

 マンチェスターには午後到着した。とりあえず広報委員長としての職務も兼ねて空港・地下鉄・駅・列車とカメラに収め、本命であるべき大学にようやくたどり着いた。宿泊はキャンパス内のドミトリーで、学生は英語の研修プログラムや学生との交流、私は教員との交流と研究である。

 リバプールにも足を運んだ。鉄道に港湾、そして空港と現地の交通事情を調べた。運輸専門誌にイギリス訪問に関するエッセイを寄稿するためである。堅苦しい論文と違い写真も交えて気楽に読めるものを書くのもそれなりに研究者として認められたということだった。もう一度イギリスの鉄道を取り上げたものも書くのも大事である。

 マンチェスターを引き上げてロンドンに二泊した。ベッドと朝食だけという「民泊」である。そして大英博物館・ロンドン塔・タワーブリッジ・ロンドンアイ・国会議事堂・ウェストミンスター・ハロッズ・科学博物館などを回り、380に再び乗ってシンガポール、未明の乗り継ぎで帰国だった。

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2019年1月29日 (火)

にっぽん丸 博多ワンナイトクルーズ

4月6日の午後九時に出発 壱岐のあたりまで行って翌朝八時には戻ります 短いねぇ の上では 糸島の食材を使った朝食だそうな

お値段は4万5000円から20万5000円 なおトリプルだと3万7000円というのも まっ 超高級なホテルですかのぉ 

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今日も小春日和

でした 寒さの峠は越したのかな (◎´∀`)ノ

170712_122210国会は「公正?労働大臣」を罷免せよという攻勢に ビーバー総理はブロック そうしないと またドミノになっちゃうよね ~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

明石の市長が 工事立ち退きを拒む家を 「燃やしてしまえ」と あのぉ これって 辞任レベルなんだけど 四月の選挙に出るつもりって 有権者を舐めているのかねぇ (・_・)エッ....?

アメリカは もうあちこちに喧嘩売りまくってます ファーウェイでしょ そして 新たに ベネズエラにも アブネ━━Σ(゚д゚;)━━!! 

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陽炎(70)

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 平成21年度の学務は広報委員長が引き続きで、教員のメンバーは一人交代した。もうひとつが国際交流委員会である。こちらは夏休みを利用して学生一人がマンチェスターに半月の短期留学をすることになったので、付き添いとして同行することになった。イギリスの最新鉄道事情を知るにはよい機会かなと考えた。

 物流産業のテキスト向けに執筆した共著は改訂することとなり、以前書いたときから変化したことを反映させた。航空貨物の新会社が失敗して日本ではインテグレーターが存在しないこと、N社が宅配便をやめて郵便に施設を移したことなどである。観光産業の共著も担当部分の修正が必要になってきていた。

 新しいゼミ生は23人で、大学院進学を希望する者はいなかった。王さんをどこで引き受けてもらうかは交通学会の関西部会に参加したおりに母校と神戸の先生に相談し、本人の希望も入れて神戸をターゲットにすることにした。物流産業の受講届けは198人、観光産業のほうは227人である。

 剣道部長という立場も変わらなかった。全日本に向けた関西予選では個人で全国に行く者は出なかったが、団体では男子がかろうじて出場を果たした。他のクラブでは野球が好成績を収め、広報としてはアピールするネタが増えた。一方、就職についてはリーマンショックに伴う景気冷え込みで暗雲が漂った。

 子供の剣道の試合は春の市民大会を観戦した。長男は一回戦で引き胴一本を決めて勝つことができたが、二回戦では一分もたたないうちに面を二本取られた。その相手が優勝した。長女のほうはなんと準優勝である。あと少しで優勝だったと悔しがっていたが、道場の先生たちは快挙と素直に喜んでいた。

 イギリス行きのこともあって物流・交通学会ともに発表は考えなかった。とりあえず旅行代理店による格安エアライン利用の動向というあたりをやってみようと考えた。ヨーロッパではフランクフルトやアムステルダムで乗り継いでイタリア・スペインなどに飛ぶルートで格安エアラインが利用されているのではないかと見られていた。

 私と短期留学の学生はシンガポール経由を選んだ。往路は昼前に完済国債空港を出て夜に乗り継ぎ、二日目の朝ロンドンに着くとマンチェスターには列車移動である。帰りはロンドン観光をしてシンガポールに飛び、未明に乗り継いで 朝に関西到着というスケジュールである。

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今朝の梅は

今朝の
マダこんな状態です c(>ω<)ゞ

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陽炎(69)

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 11月になって「研修願」を出して母校に立ち寄った。表向きの理由は「ゼミ指導に必要な研究資料収集」であるが、私自身のこの先数年の研究課題のためでもあった。とりあえず大学院に進む陳の指導教授に仁義を切っておくことも目的のひとつである。通勤経路の途中というか家からすぐのところだが、一日仕事だった。

 杉本町の駅は学部に入ったときから変わらなかった。阪和電鉄時代の木造駅舎が建て替えられたのが入学直前で、ちょうど国鉄がJRになる時期である。ホームの天王寺側にしか改札がないことや大学と反対の西口しかない状況は変わっていなかった。駅の南北にある踏み切りも「開かずの踏み切り」という状況のままである。

 阪和線は杉本町のひとつ天王寺寄りの我孫子前から高架が完了したが、ここは昔のままだった。杉本町駅の東に改札を設けようという構想は私の在学時からあったが、阪和線と関西本線を結ぶ貨物線の関係もあって難しかった。この貨物線は私が入学する前まで一日一本のコンテナ貨物が走り、奈良と和歌山をつなぐ臨時特急も通ったが、今は廃線の状態である。

 貨物線を旅客化しようという構想も進まなかった。関西本線から大阪市東部を走る城東貨物線は旅客化が具体化していた。地下鉄御堂筋船のあびこ駅と貨物線はクロスしているが、新駅をここに作る話もなく、さらに東の近鉄南大阪線との交差部分も同様である。駅舎を出た私は南側の踏み切りを渡り、キャンパスに入った。

 まず経営研究所を尋ねて引き受けてもらう先生に簡単にあいさつし、、学術研究センターに向かった。経済学部は今も卒業論文が必修で学生たちがどんなテーマで書いているのかを検索した。この春を含めて過去三年分、交通や観光をテーマにしたものは合わせると100件を超えていた。それだけ学生には書きやすい分野なのだろうと改めて思った。私の頃は国鉄改革や関西国際空港を取り上げたものが多かった。

 観光は体験型のツーリズムや産業観光というものが地方自治体の視点から取り上げたものがあった。交通は阪和線についてという身近な交通から都市交通全般というもの、エアラインではアメリカのSW航空やオーストラリアのJS、マレーシアのA社、インドネシアのL社などいわゆる「格安エアライン」をテーマにしたものが目立った。

 専門部の食堂でランチをしてから午後も大学院生の研究がどんなものか検索した。物流は皆無で、陳が希少な存在であることがわかった。観光についても交通からのアプローチが多く、王さんを神戸にするかここにするか本人の気持ちとも相談するのがいいかなと思った。そのあとはエアライン関係の資料を探して次のテーマを決めた。 

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2019年1月28日 (月)

全日空 二月から三月の時刻表

新しく入るのシートマップはマダ出てません 四月以降なら出るかな・・・ ちなみに四発に乗る機会は が ルフトハンザの羽田・関西とフランクフルト タイ航空の羽田・札幌とバンコク 札幌ってビックリだなぁ あとには タイ航空の成田・バンコクと シンガポール航空の関西・シンガポールでも

あとは これといって大きな変化は・・・ 羽田と福岡を見ていると 787は羽田・福岡を午後遅くに往復というパターンで うぅぅぅん マイル交換ではちょっと無理だなぁ  

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平成から新時代への

Md87国会がスタートしました 陛下が最後の開会式に・・・ でも 厚生労働省の問題で荒れそうだなぁ (;´д`)トホホ…

山梨県の知事選挙は 現職が自公推薦の新人に敗れました まっ ローカルなところだし (||´Д`)o=3=3=3 ゴホゴホ

人気アイドルグループ 嵐 が来年末に活動を休止するらしい それに対して「無責任」と質問した記者に 何それ という批判が というか 誰に対してなのか 意味不明だわな (ノ∀`) アチャー

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陽炎(68)

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 希望者全員の次はコメンテーターの割り当てである。結局、アフリカの鉄道貨物という新奇な研究に私が相手をすることになった。発表者は国際協力機構の職員である。統一テーマのほうは前の年から決まっていたのでとにかく当日に台風が来たりしないことを祈るだけとなった。

 陳の受験勉強のほうも英語の過去問題はとりあえず解かせ、あとは何が出てくるのかというところである。傾向としてはケインズ・ウェーバーあたりの可能性が高かった。元々マルちゃんの系統が幅を利かせていたわが母校もソ連の崩壊によって近代経済学に舵をきりつつあった。

 当日は台風の影響も免れ、予定通りにことが運んだ。国際協力機構の人の発表に対しては「アフリカへの中国進出という国際情勢に日本が疎くなっていることを気づかされたのは印象的」とコメントさせていただいた。懇親会には学長も顔を出してあいさつをした。学長は法学部で専門は商法である。

 交通学会のほうは新潟で行われた。少し意外な場所であるが、伊丹から飛行機で移動した。搭乗率の保証を地方自治体側がやっていて路線の引止めに躍起だということは学会でも報告があった。次に何を取り上げたらいいのか私は壁にあたっていた。観光に踏み込めば踏み込むほど、交通から離れたこともしないといけないし、交通には交通で様々な問題が発生していた。

 学会から戻ってからN社のホームページを覗いてまず古巣、そしてスポーツサイトへと移った。 山田は国土交通大臣杯争奪戦なるもので社会人としての大会デビューを果たした。団体の先鋒で臨んだ彼は、二勝三引き分けでチームの準優勝に貢献した。最後の相手はJR東日本である。

 十月初めに大学院の入学試験が行われ、半月後に結果が出た。陳は合格だった。早速、翌年のパンフに卒業生の声として登場してもらうことにした。ゼミ生の内定先はN社はなかったが、交通関係に行く者も例年通り出てくれた。一方で、アルバイトや契約社員という形で社会に出るという者もいて正社員になれることを祈るばかりというケースもあった。

 陳の次は王さんの番になるが、とりあえず中国の民間航空の状況については国営航空がエリアごとに分割されたこと、ローカル基盤の新しいエアラインが次々に出ていることがまとめられた。オリンピックが終わって次は上海での万国博覧会を控え、かつての日本のように急激な経済成長の真っ只中にあることが彼女のレポートからも伝わった。

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近所にこんなのが・・・

近所に
野球だけが青春ではありません (・∀・)ニヤニヤ

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陽炎(67)

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 教授に昇進すると月一度の教授会に出るのが義務となった。広報委員長という立場にもなったので、関連する報告も必要だった。教授会は本館の大会議室で行われ、学長・副学長に事務局長と事務各部の部長、そして教授全員である。七十歳の定年間近の人から私のように四十歳、これより若い教授は法学部に二人いた。

 広報委員会は私が長だが、准教授二人に講師一人の計四人の教員がメンバーだった。講師はコンピュータ教育担当でポー無ページ関係、准教授は一人が行政法専門の若手、もう一人は銀行に長く勤めた金融論の担当で、広報部勤務の経験もあった。年齢的には元銀行の人が委員長に適任なのだが、職階というので私に回ってきた。

 大学からは北京オリンピックに水泳で出場する選手が出たものの、大学としての宣伝はオリンピック委員会から固く止められた。クラブ活動では野球とサッカーが活躍し、山田が抜けた後も剣道部は好成績を維持していた。とりあえず次の年度に向けてのパンフレット作成が課題となったが、卒業生の進路をどうアピールするかが鍵である。

 ゼミ生の陳を私の母校の経営学の博士前期課程に送り込むことに成功したら、卒業生の声に取り入れようと目論んだ。私のゼミからはタイガース入団は出せなかったが、山田をパンフに掲載してもらうことはできた。N社のホームページにはスポーツコーナーがあって剣道部の新人に山田の名が入った。O産業大・四段というのもわかったが、どこの所属になったのかわかったのは彼がゴールデンウィーク明けに送ってきたEメールである。配属は羽田空港支店だった。

 物流学会の準備で事務局となっている古巣とのやり取りが増えた。事務局長は経済研究部の主任研究員である。六月初めの自由論題発表の希望締め切りでは28人から申し込みがあり、全員を了承しても教室は対応できるということになった。環境問題・サプライチェーン・国際物流・労働問題と様々な研究があって北海道から九州まで参加が広まっていた。研究所からの発表がないのには少し落胆したが、いろいろと忙しいのだろうと思った。

 就職のほうでは水曜の教授会や委員会と重ならないときに模擬面接が実施された。企業だけでなく、公務員や大学院でも入隊質のマナーや受け答え、これは実務経験の長い先生や事務の人が事細かな指導をした。私は内容のほうである。

 

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2019年1月27日 (日)

飛鳥Ⅱ 横浜⇒日南⇒高知⇒鳥羽⇒東京

5月27日の午後五時に出発 28日は一日の上 29日の朝八時から午後五時までは日南の油津に 飫肥にが出ます 鵜戸神宮はオプション 30日の朝八時から午後五時は高知に お城までのありで 31日の朝八時半から午後五時は鳥羽 オプションは伊勢神宮など

6月1日の朝八時半に東京に着きます 二人部屋でひとり 26万から131万円 シニア割引が20万8000円から104万8000円で 

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朝は冷えこんだけど

昼になると気温も少しだけ 日差しがあると室内は小春日和でした ヽ(´▽`)/

070319_134023_m_2北九州市長選挙は現職が「四段」に アッソー閣下はお気に召さないようですけど・・・ さて次は福岡県知事の動向がどうなるか ですのぉ (=゜ω゜)ノぃょぅ

女子テニスの大坂選手が 全豪オープンで優勝 これでランキングも一位に すごい快挙です ぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

今宵も大河ドラマを見ました 昔は 水抜きして 体重軽くするという トレーニング それって 今の時代では 脱水症状のリスク大で NGだよぉ (´Д`;≡;´Д`)アワアワ

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陽炎(66)

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 卒業式の後の謝恩会は梅田のホテルで行われた。ゼミ生は21人が巣立つが、出席したのは17人である。山田は紺のスーツで参加した。彼がどこに配属となるかわからないが、航空事業部ということは知らされていた。ゼミ生の進路は様々だが、家業を継ぐというケースや未定で出るという気ががりなケースもあった。

 正月三が日明けには長男と私だけで初稽古に顔をだした。妻と娘は妻の両親と過ごし、私は稽古会の先生の車に同乗して行った。都会では車なしでもというものの、道具を持ち運ぶという点ではあったほうがというのが剣道関係者の一致した意見である。長男は山田をはじめ卒業した人などに稽古をつけてもらった。

 長男の道具は娘に移し、もう少し大きいものを借りた。今度はオーソドックスな黒胴である。春の市民大会では一回戦で面一本負け、住吉大社での奉納試合に団体Bチームの先鋒で出してもらったときは引き分け、市内の道場の創立四十年記念大会もBチームの先鋒で敗退となかなか公式試合での勝ち星がなかったが、秋の市民大会で初めて面と引き胴を決めて勝った。それはちょうど交通学会と重なったため、私は見ることができなかった。

 四月からは教授に昇進することになり、次は広報委員長を引き受けて欲しいと言われた。委員長は二年後とではなく、三年ごとというパターンのようで、少しずつ責任が重くなるなと感じた。学生部のほうは引き続き就職である。適性検査の試験監督をしたり、週一回就職相談室で待機したりと学務が忙しかった。

 研究はとりあえず紀要を仕上げたが、外部のものというのがまだまだである。運輸専門誌から「物流」の特集で、研究者の一人として航空貨物のことを頼まれた。羽田・北九州の夜間貨物はG社の経営が破綻して先行きは不透明になり、那覇を中継したアジアとの輸送に注目が集まりかけていた。

 新たなゼミの希望者は25人で、21人受け入れた。王さんという中国からの留学生が大学院を志望していた。彼女は留学前はエアラインの客室乗務員で、あちらの航空事情についてレポートさせるのもいいなと思った。アメリカの航空業界について研究したいということで英語の勉強も自然にできた。行き先はこの分野に強い神戸の先生だなと思った。

 年が明けてから本格化したのは物流学会主催に向けた準備である。まだ日時を決めていなかったが、交通学会と重ならないように注意した。交通学会が東京で十月の第一週にあると既に決まっており、物流はその一週間前ということにした。教室は一番大きなものに加えて中程度を三つ、これで例年通りの運営は可能である。受付などはゼミの学生にアルバイト代を出して手伝ってもらうことにした。

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橋の工事(7)

橋の工事
本日は休み

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陽炎(65)

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 物流学会は次の開催校であることをアピールするためだけの出席だった。交通学会のほうは佐賀の大学院生がローカル空港間の競争というテーマで発表するのをコメントするという役目のため、山口県に出向くこととなった。広島と小倉の間をノンストップだった「のぞみ」が地元の強い要望で山口県にも止まるようになったが、「ひかりレールスター」を選んだ。

 小郡を改め「新山口」となった駅は津和野との間を結ぶSL観光列車の起点でもある。ここからは明治維新が始まった萩へのバスも出ていた。宿はY大学に近い湯田温泉のTホテルにしたが、萩行きのバスか鉄道かは時間次第である。このときはバスのほうが連絡がよかった。

 Tホテルはシングルでも泊まれる普通のビジネスホテルだが、温泉もあった。金曜の夜に到着して体を休め、翌朝はブラブラ歩いて大学に向かった。ここは車がないと一苦労かなという感じである。正門をくぐると都会とは違って広大な駐車場があった。学生の通学も車が前提のようである。

 院生の発表は昼食前だった。佐賀空港と福岡・北九州・長崎の競争について話していたが、佐賀が生き残るためには格安航空の誘致が不可欠という結論だった。私は混雑空港化している福岡の需要分散という観点を持ち出して観光や物流の魅力度アップが必要と付け加えた。

 懇親会では母校から来ている先生にゼミ生の引き受けを打診した。以前は英語ともうひとつの言語に研究計画、専門にしようとしている分野のレポートが必要だったが、語学に関しては英語のみでよいとなっていた。どんな英文を読めばいいのかは過去問題をもらうということで対処することにした。

 二日目のローカル交通という問題の発表とパネルディスカッションが終わるとタクシーで湯田温泉駅に行った。ちょうどSL観光列車が津和野から戻るところに出くわしたが、指定券を買って載るのは無理で姿だけを見た。新山口から島根へと入る特急「おき」との待ち合わせだが、「おき」はたった二両のディーゼルで、もはや鉄道がローカルの交通から滑り落ちつつあるのは明らかだった。

 SLを見送ってから十五分ほど待って新山口行きのディーゼルカーが到着した。これも二両だけである。全国どこでも見られたクリームとエンジ色の塗装ではなく、黄色と白でこの地域独特の塗り方となっていた。新山口に着くと今度は自足300キロの「のぞみ」の自由席に乗って新大阪へ向かった。

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2019年1月26日 (土)

飛鳥Ⅱで 仙台⇒横浜

五月二十五日の午後五時に出発 なお仙台駅から無料が出ます 二十六日の朝九時から午後五時までは常陸那珂に オプションでは袋田の滝など 二十七日の朝八時に旅は終わります

二人利用でひとり 9万4000円から47万2000円 まだ は気にしなくても大丈夫かなぁ・・・

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メチャ寒い一日でした

120306_120206_m午後からは時折雪も そして熊本でマタ強い揺れ さらに東北でも Σ( ̄ロ ̄lll)

大相撲は 白鳳が休場 足にかなりきているとか・・・ で 玉鷲が初優勝にリーチ (´△`)Zzzz・・・。o○

アメリカでの政府機関一部閉鎖は 一時的に解除 でも 火種は残ったままなんです ┐(´д`)┌ヤレヤレ

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陽炎(64)

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 十年目の学務は教務と学生である。学生のほうは奨学金から就職に移った。物流産業の受講者は197人で、観光産業が214人だった。三年ゼミは22人で、大学院志望の陳には「チャイナランドブリッジ」について研究してもらうことにした。観光産業のテキストに共著を入れてシラバスを作ったが、中心は私の担当した部分である。

 紀要にも投稿しておく必要があったので、「競争環境変化と日系エアライン」というタイトルで航空規制緩和の最新動向を書いた。北九州空港が新しくなって登場したSF航空は通常よりもゆったりした革張りのシート、しかも全席にモニターをつけ、コーヒーなどの機内サービスも無料のままブランドの高いものを提供という「高級路線」で入った。全席モニターは国際線では普通だが、国内線はD航空の777以来である。

 こうしたサービスを有料にして格安運賃という手法はとらないので、アジアで広がりつつある格安航空とは一線を画していると指摘した。同時に既存大手との協力関係が鍵と見ていたらA空輸と提携することになって執筆途中で加えることになった。福岡との差別化は北九州を朝五時半出発、羽田を午後十一時に出て午前零時過ぎに到着というダイヤは福岡空港が午後十時にクローズするという点で差別化が図られた。福岡エリアにも北九州から深夜移動というケースも出ていた。

 貨物専用のG航空が羽田・北九州を往復するようになったが、こちらは不振が続いた。結局のところ貨物の量が期待したほどではなかったのである。どうやら国内ではなく、国際で考えないといけないが、どこにつなげばいいのか私にもはっきりわからなかった。すでに那覇をハブにしてここを中継するという方法をA空輸は取り始めていた。結局、北九州も那覇を介してということになりそうだった。

 剣道部は全日本学生選手権を目指したが、団体はD大学にあと一歩のところで敗北した。一勝一敗二引き分けで山田は大将として望みをかけたが、中学・高校と全国大会経験を持つ相手から面返し胴を奪われて涙を飲んだ。個人では山田はなんとか全国出場を果たしたものの、全国では一回戦で愛知の選手に負けた。就職に関してはN社に内定をもらうことができた。エアカーゴについての知識は注ぎ込んだので、この分野ならと思った。ここには剣道七段を持つオランダ人の社員もいた。

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陽炎(63)

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 野球部のエースピッチャーのゼミ生がタイガースからドラフト指名された。もちろん入団するということで、広報部が記者会見を主催した。広報委員長と野球部監督にはさまれての会見は、指名を受けた抱負と正式契約の二回、実施された。一度だけ、私のゼミでの様子を写真にということで在阪のスポーツ紙から取材を受けた。

 ゼミ生の進路も多様化してN社の警備輸送やFエクスプレス、引越しのAの他、損害保険、消防士、家電量販店という具合に業種が広がった。次のゼミの希望者には陳という中国からの留学生が物流の研究で大学院に進みたいと言って来た。教務で見た成績では大学院に行く力は十分あると見込んだ。私の母校に送り込むとなると経営研究ということになった。

 平成十九年が明けて大学の剣道部の稽古初めに家族四人で顔を出した。娘は見るだけだが、長男は防具をかついでの移動である。普段の稽古は家で着替えて垂れと胴まで着けて通ったが、電車となるとそうはいかなかった。私の通勤ルートと同じく、三国ヶ丘で関空快速に乗り換えて大阪に行き、梅田から半球京都線である。これは金閣・銀閣・清水寺に行ったときと同じだった。

 二日は各自の母校で、大学は三日の昼からだった。とりあえず、駅前のファミリーレストランで食事をしてキャンパスに入った。稽古会の師範や前の剣道部長、卒業生が十五人、現役は三十人、そして付属校で春に入学予定の者や付属の生徒、さらに卒業生の教え子や師弟など百人近くが体育館に集まった。

 卒業生はもちろん、山田も学生のほうで元にたった。長男も掛かりにいって面を打って胴をたたいて間をあけ、小手・面を打って胴をたたいて離れるを繰り返した。一時間半ほどの稽古が終わると卒業生の会の代表が簡単なあいさつをして稽古はじめが終了した。帰りは稽古会の先生がワゴン車に一人で来ていたので同乗させてもらった。車の中では娘がいつから防具を着けるかという話である。白い剣道着と袴は兄から妹にそして兄のほうには上下紺、防具も妹に渡すと別の道具を借りるということである。

 

 

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2019年1月25日 (金)

飛鳥Ⅱ 仙台⇔清水

五月二十二日の午前十一時に出発して 二十三日の朝十時から午後五時まで清水に 今年で開港120年なんだって を背景にして三保の松原とか 広重美術館といったオプションが 二十四日は一日の上

二十五日の朝九時に仙台到着 ちなみに乗船・下船ともに仙台駅との専用バスがあります お値段は二人利用でひとり 12万9000円から63万円 

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小春日和も今日まで…

明日は雪が降るそうです モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

Kamome485JR九州は3月のダイヤ改正で新幹線の車内販売をやめるそうです コンビにとかで買って乗る人が多いということですねぇ ところで 門司港駅の復元も完成するし 筑肥線には「糸島高校前」という新駅ができるし いつ出向きましょうか(0゜・∀・)ワクワクテカテカ

大相撲 白鳳が 御嵩海 玉鷲 貴景勝 に三連敗して 玉鷲がリードしている状態に これまた どうなりますやら ( ´艸`)プププ

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陽炎(62)

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 秋になるとまず物流学会が行われた。奈良では深井が「シベリアランドブリッジと日本企業」という自由論題を発表し、私がコメンテーターを務めた。サンクトペテルブルク近郊にT自動車やM自動車が進出し、その部品を日本から運ぶというものである。実際には中部から航空機で運ぶのが主流で、コスト引き下げにはシベリア鉄道が最善だが、リードタイムの長さが問題というところである。

 2007年の物流学会は千葉で行うが、その次は私のところでどうかということが正式に要請された。とりあえずは大学に根回しした上で来年に正式決定するという運びである。とりあえず、月曜日に早速、教務部長に相談してみた。それは教室などの施設管理は教務ということになっていたからである。大学としても宣伝効果になるのなら喜んで引き受けるだろうという返事をもらった。

 交通学会は市谷にあるH大学である。土曜日の朝に関西国際空港から飛んで、昼から学会に参加した。ローカル地域の鉄道、自動車と環境、高齢ドライバーの増加と安全対策、外国人観光客をいかに増やすかといったことがトレンドになっていた。統一テーマは環境と交通である。一日目の夜は懇親会で宿は両国にした。二日目の朝は市谷に行く前に小岩の様子を見に行った。駅の近くに24階建てのマンションができているのに驚いた。

 翌年の交通学会が山口県のY大学で行われると決まったが、バーチャル観光の次に何を発表するか考えてはいなかった。場所的にはローカルエリアの観光ということになりそうだが、私のいるところは「都市型」のほうが似合っていた。交通学会の理事選挙もあって私に関西エリアの理事としての票が少し入っていたが、決まったのはD・R・K学院に母校といったところである。

 交通学会と重なっていたのが、長男の試合デビューである。白い剣道着に紺の袴、なぜか真っ赤な胴という出で立ちだが、いずれは妹にという暫定的なものである。堺市の秋の市民大会の小学一・二年の部ということだが、一回戦が二年生の大きな相手と当たって二本の面を取られるというほろ苦いデビューだったと聞いた。

 大学の剣道部は夏の全日本に山田が個人、団体でも出場した。個人は一回千二九州のK体育大学の学生と当たって破れ、団体は北海道の大学に勝利したが、関東の大学に破れた。そして新チームの主将には山田が決まった。彼は昇段審査でも四段を取り、これなら就職活動でもアピールできるかなと思った。ただし、ビジネスに直接とはならないので、資格ではなく特技である。

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橋の工事(6)

橋の工事
クレーン車が持ち込まれて ずいぶんおおげさな工法な気もするけど ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

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陽炎(61)

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 平成18年度の学務は学生委員会は引き続き奨学金、そして初めて教務委員会を割り当てられた。大学には学生・教務・入試・広報・国際交流の五つの委員会があるが、これで全て経験することとなった。全学部共通のものは非常勤の割合が高く、その時間割作成には神経を使うと聞かされた。そして成績の管理に休講に伴う補講、教室の割り当てという具合に調整役としての仕事が山積していた。

 専門ゼミでは山田が私のところを選んでくれた。とりあえずはエアカーゴの知識をつけてもらうということでN社や物流業界を念頭に指導することとした。一・二年の合同ゼミは伊丹空港の貨物施設見学を実施した。二年生は全員入れ替わっているので、鉄道コンテナに続く者はいなかった。モノレールで大学と空港を往復してちょっとした遠足気分になった。大学に来て以来、ゼミ合宿をしたいと思いながらできないのは学生の経済的負担をあまりかけないのがいいというアドバイスもあったのだが、これが限度かなとなった。

 長男が小学校に入って、本格的に剣道を習いだした。火・木・土と週三回あるが、とりあえずは私と妻の付き添いができる日に限定しての状態だった。長女のほうがやりたいオーラが強いのか、いつの間にか一緒に足裁きから入っていた。成長に合わせて剣道着・防具も変わっていくが、それは稽古会の先輩たちのお下がり利を使わせてもらうということで何とかなった。中学生くらいになると「マイ防具」を買い与えることになるかなと思って後は本人がずっと続けるかどうかに任せることにした。

 共同で執筆する「現代の観光産業」という本は観光地の類型・行政の観光施策・宿泊行・旅行業・交通産業という構成で、私の担当が交通産業となった。とりあえず鉄道業・エアライン・船会社・バス・タクシーという具合に書くこととしたが、バスやタクシーは規制緩和との関連で書くというところである。それはトラック事業の研究の応用でもあった。出版は十一月くらいを目安とし、年度が替わればテキストに使うという目論見である。

 著書のために学会発表はどちらも見合わせたが、新北九州空港のシンポジウムは社会活動という実績のため、動いた。三月に開港して五月の連休明けに東京国際フォーラムで行われた。これは新幹線で往復し、東京駅のステーションホテルに泊まった。吸収北部と山口県のエアカーゴの動向を国際・国内と二つの観点で話し、とりあえず運輸専門誌にはシンポジウムの中での報告として取り上げてもらうこととなった。旧北九州空港はD航空を吸収したJ航空のみの運航だったが、新しくなってからはJに加えてSF社がデビューした。機材はJが737、SFはエアバスの320でどちらも小型ジェットのままである。そして物流のS社が設立した貨物専門のG社も羽田・北九州を夜間に一往復を始めた。

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2019年1月24日 (木)

飛鳥Ⅱ 横浜⇒仙台

五月二十日の午後五時に出発 翌日の午後二時に到着です を降りたら仙台駅までの無料があるんだって

お値段は 二人利用でひとり 5万5000円から26万2000円 なおスイートはプラス1万3750円で 三人目の利用ができるんだってさ 

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今夜は原北稽古

Dsc_4643_convert_20150904154246昼間は気温上がったけど 夜になると・・・でも 凍りつくところまでは モジモジ(。_。*)))

ゴーン被告が 「レナウルト」の会長を辞任したそうで 後任がミシュランとなると 日産のタイヤが ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

ビーバー総理は ロシアからスイスに移動 ダボス会議というのに出るんだって ( ´_ゝ`)フーン

エリザベス女王の夫 97歳 車を運転して他の車と衝突 ご自身は無傷だったけど 相手方が怪我 高齢ドライバー問題が 日本よりも・・・ねぇ (-.-)zZ

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陽炎(60)

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 懇親会は午後五時から16階建ての最上階にある食堂で行われた。ランチは学生向けの食堂で食べたが、こちらは教員向けというような感じである。窓からは福岡ドームやタワー、高層ホテルが見えた。F大学の学長は交通学会の会員で、この分野の第一人者の一人である。

 外は夕暮れから夜景へと変化して行った。バイキング式の食事を次々にほお張りながら先生方と挨拶して回った。物流に続いて観光のテキストの共同執筆の話も出た。とりあえず交通の部分を担当するということで後日調整である。さらに新北九州空港のシンポジウムも開港の後に東京で行われるが、貨物のパネラーを頼まれた。

 同じホテルに戻る人と一緒に会場を出た。天神での乗り換えは大変なので、手前の薬院というところで降りてバスに乗り換えようということになった。いろんなルートを見てみるのもいいかと思って同行した。博多駅から100円で行ける範囲にあり、バスは地上に出ると目の前に止まった。ただし博多駅のほうは反対側なので少し歩くことには変わらなかった。

 翌日は薬院でバス乗り換えとしたが、空港に向かう際は天神の地下街を歩いた。東京へ飛行機で戻る参加者とターミナルビルの食堂まで一緒だったが、天神の乗り換えはよくないという点で一致した。このひどさは町田でのJRと小田急に匹敵すると言っていたが、その人は相模原から都心の大学に通勤していた。 

 物流学会のほうは行かなかった。やはり次の年は奈良ということが決まり、これは出ないといけないなと思ったが、何を発表するか手持ちはなかった。やるとしたら海外というところであるが、とりあえずは共同執筆というのが次の目標である。コメンテーターを頼まれれば引き受けるし、関西の理事として再任されているので、粗製乱造と言われないことのほうが大事だった。

 学会発表の次の週末には関西学生剣道新人戦が行われた。山田は個人と団体の先鋒として出場した。個人はベスト8、団体はベスト4まで進み、さらなる飛躍を期待させる成果だった。このころから長男を近くの小学校で行われている稽古会に連れて行ってみた。小学校に入る前でもOKというのは昔に比べて子供の数が少なくなっているという危機感の裏返しでもあった。長女もそのうちにというような話になった。

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今朝の梅は

今朝の
マダこんな感じです 一割も行ってないかな ((w´ω`w))

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陽炎(59)

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 交通学会での発表は土曜日の午前なので前日から福岡入りである。金曜の午前は大学に出て広報委員会の業務をこなした。午後四時に伊丹から福岡に飛び、帰りは日曜の夕方に関西空港へというルートである。学会に出るための交通費は年五万円までで精算は新幹線だが、まだ研究所のように領収書添付はしなくてよかった。

 伊丹から福岡に向かうA空輸は767で席の埋まり具合は横七列のうち四列という具合である。私は左の窓側を選んでいた。北に向かって離陸して淡路島が後方に過ぎるあたりでドリンクサービス開始、回収されるときにはもう降下していた。関門海峡の手前から新しい北九州空港の姿が見えた。南北4000mの人工島から発着できるのは年度の末であるが、ここを利用することはないだろうと思った。島は小倉の街の東にそびえる山の陰に隠れ、響灘に面した埋立地を北から見下ろしながら降下が続いた。この埋立地にコンテナ基地やリサイクル施設が整備されていて、「環境コンビナート」とも言われていた。

 宿は博多駅のそばに取った。研究所時代に何度も利用した懐かしい場所である。翌朝、会場のF大学までは地下鉄を乗り継いで向かった。博多から天神まではなじみのコースだが、地下鉄の天神南までの長い地下街には閉口した 年明けに開業したという新しい路線はリニアモーターを利用した車体の小さな車両でロンドンの地下鉄を思い出した。最初は立ち客もいたが、F大前の駅で大半が降りた。

 F大学は地下鉄駅の出口からすぐそばに正門があった。16階建のランドマークとなる建物があるが、会場はその先の校舎である。今回の教室は150人程度の教室で、聴衆はそれほど多くなかった。観光をテーマにした発表は少しずつ増えてはいるが、まだまだ中心は飛行機と電車である。コメンテーターは私が参考にさせてもらった「通信と交通の流れ」を発表したことのある研究者だった。

 通信から交通行動につながるケースと通信だけで交通の発生はないという場合の二通りの視点は新鮮だというコメントをもらった。現地に行かなくても画像は視覚のみ、動画で聴覚までは伝わるが、味覚、嗅覚、触覚といったものはまだ現地に行かなければならず通信技術がカバーできないものもあるという指摘が海上からあった。その一方で将来的には人間の脳や神経の研究が進むと視聴覚以外の伝達も可能ではないかという発言をした人もいた。

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東日本大震災(3226)

 来月から5のつく日だけにシフトダウンします・・・

山田町 1月28~3月22日にかけて 山田線の試運転 踏み切り注意が改めて 

香取 ひさびさに見てみまして 12月27・1月8日は平常値 まだ 0.07~8が出たりするけど 

伊達 1月18日 最大値 0.62 再び

那須塩原 1月21日 市役所 0.08 

JR東日本 の早期地震検知システムのための海底地震計を増設

国土交通省 1月25日 道路の耐災害強化の有識者懇談会 同じ日に 空港の災害対策の会合も 羽田・中部・海外の事例だって 

福島県 1月23日 15時 福島市 0.14 郡山市 0.08

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2019年1月23日 (水)

今日も小春日和

170411_104706でした 週末に寒くなるらしい ((ノ)゚ω(ヾ))

日露の首脳会談 まっ 本当に進展するのか なんとも言えませんのぉ まっ ビーバー総理の命運いつまで・・・ 桂太郎を意識したら 結局 行き着けないかもね・・・ というか 厚生労働省マターで 火の手が ( ゚д゚)ポカーン

インフルエンザが猛威を 高齢者施設では集団感染そして 大量死 現役世代でも 駅のホームから転落して列車にひかれた原因が印フル感染だったとかで 。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

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陽炎(58)

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 八年目になって学務は広報・学生ともに前年に引き続きとなった。学生委員会はクラブ・サークルから奨学金に異動である。奨学金は日本育英会と大学独自のものの二つを審議するものだった。育英会の無利子のハードルは極めて高く、大学独自は無利子であるものの、各学部で二人という狭き門である。

 広報では山田の面抜き胴の写真を広告として電車のドア際や雑誌に出すこととなったが、ゼッケンは大学名の部分から下をカットした画像に加工することになった。下の部分はオープンキャンパスや入試の日程、学部紹介のスペースにするということだった。山田は二年生のゼミは別の教員に割り当てられた。

 三年ゼミには野球部のエースが入った。ドラフトされるかもしれない有望株だが、社会人ということも念頭におき、運輸関係の企業に行ってもいいようにという監督や本人の希望だった。N社はもちろんJRでもいいように私のゼミで運輸関係の知識を仕込むことにした。彼を含めた新しいゼミ生は23人である。

 一・二年のゼミで初めて学外の見学というのも試みた。大学から近いJRのコンテナ貨物駅見学である。これは物流学会の関西部会理事という肩書きがものを言った。コンテナの積み下ろし作業を見て何を感じたかわからないが、もっと早くやってみてもよかったかなと思ったりした。

 出前授業は付属校がほとんどだが、公立中学一校に出向くこともあった。「ものを運ぶ仕事」では宅配便に加えて外国からの輸入品の話もした。付属高校となると観光の話だが、これは学会の予行である。まずネットで観光地に行きたい気持ちを奮い立たせて実際に行く、しかし行けない場合の代替というのもあるのだというところである。

 古巣からの委員会就任の要請を久々に受けた。新名神高速道路からみのものである。リーダーは峰岸だった。彼と深井は研究主査に昇格して完全に中堅となっていた。東名高速も新東名の工事が行われていて速度規制の緩和などが俎上にのぼっていたが、安全という規制は警察が強く主張していた。

 妻と子を連れて奈良に行ったら偶然、研究所の先輩に出くわした。今年の物流学会はR経済大学でやるが、来年は奈良でやるのはどうかと打診されていると言った。その先にO産業大でやるということも持ちかけられたが、それ以上踏み込んだ話はしなかった。交通のほうを聴いてみたが、福岡に出向く予定はないということである。

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全日空の新型機

全日空
全日空
昨日 拾ってきたツアーパンフに出てました 三機も買うんですねぇ あと機内のシートマップも 詳細は 今しばらく お待ちください m(_ _)m

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陽炎(57)

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 大学の宣伝ポスターにどんな写真を使うかが検討され、私がその担当になった。風景・乗り物・人物からそれぞれ選んだが、風景はどうも大学の周辺とイメージがほど遠く、乗り物は私の専門とはいっても趣味の色彩が濃すぎると委員会で指摘された。結果、人物で行くことにしたが、どうしてもスポーツへと流れた。

 十一月になって学生の新人戦の中から剣道の写真が数枚、候補として取り上げられた。連写モードで山田が抜き胴を決めたもので、まず互いの剣先が触れた状態、相手が面に出ようとしているのを山田が首をひねり、左肩に竹刀をかついだところ、山田の視線は相手の胴を見据え、相手の背中から山田の竹刀が少しはみ出ているもの、山田が右手だけで走りぬけるところ、最後は山田の背中と振り向いた相手だが、その相手は私の母校の選手だった。

 最後の一枚はもちろん没、最初と四枚目が次にはずれ、二枚目と三枚目が候補に残った。とりあえず大学名と山田が入ったゼッケンがしっかり映っているので、ゼミで本人に了解を求めた。説得は「大学のために協力してください」ということである。彼はどちらの写真でもかまわないという返事だった。最終的に三枚目の写真が、躍動感と瞬間を見事に切り取ったということで選ばれた。

 博士論文を提出したのは十二月で、審査を経て最終面接となるのは年明けである。祭典される立場と採点する立場、とりあえず物流学会の統一論題で報告したものは年報に載るので、次の交通学会向け「バーチャル観光と交通行動の一考察」という研究のほうに力のシフトを進めた。

 私の両親が三泊四日で台湾に旅行することとなって行きは平日だが、帰りは日曜となった。とりあえず帰国の出迎えのため、家族四人で関西国際空港に行った。行きは羽衣経由で、ターミナルビルのレストラン街でランチをした。食べたあと、長男が「うんこ」したいとトイレに行ったら洋式はふさがっていた。「和式で大便する」ということに慣らさないといけないので空いていた「和室」でできるか確かめた。幼稚園でも和式が残っていたのは幸いである。同時に外国人観光客に使い方を説明する表示がいるなと思った。アジアなら問題ないだろうと思うが、欧米は「洋室」が空くのを待つのかもしれなかった。

 博士は審査をパスできた。これでもう少し家族サービスにも力注げるかなというところである。空港の次は大阪城・ユニバーサルスタジオ・奈良の東大寺に興福寺・京都の金閣・銀閣・清水寺と「思い出つくり」をさせていくつもりである。そのためにインターネットで観光施設とアクセスを調べることも増えた。

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2019年1月22日 (火)

九州・山口しごとフェスタ

2月20日の午後に池袋のサンシャインシティであるそうな 各県から130の事業所 あっ 県庁もだよ ヤッパリ有名なところは 福岡で 

対象は 学生だけでなく 四十歳未満のUターン希望者まで とにかく人口流入のためには 仕事の場がないとねぇ 

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今日も一日中

晴れでした 気温もまぁ・・・ しかし 右ひざが痛いのよね (ノ_≦。)

250pxcatherine_palaceビーバー総理とプーチン閣下の会談がまもなく・・・ さて どんな結末になりますやら (*´Д`*)

ゴーン被告の保釈はまたまた却下 フランスに出国したい ダメ 日本国内にいるから それでも駄目 あと フランス政府が 「レナウルト」と日産の提携を模索しているけど Σ( ゜Д゜)ハッ!

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陽炎(56)

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 物流学会は例年よりも早く九月に開催された。台風の心配はあるが、幸い秋雨前線だけで済んだ。宿は天神にあるNホテル、会場のN学園大学にはバスでアクセスしたが、翌年には地下鉄の新しい路線ができる予定と聞いた。一日目の自由論題では「モーダルシフトと鉄道貨物」という発表へのコメンテーターを頼まれた。発表者は地元のS学院大学の院生である。九州の場合は博多港を中継した国際コンテナが課題であるが、鉄道は相変わらず国内限定のようだった。

 博多港については、上海との国際航路の話も出た。時速五十ノットの高速貨物船の計画は頓挫して、トレーラーを載せるROROタイプの船が博多と上海を三十時間で結ぶこととなった。日本企業の中国進出に伴う貨物輸送の拠点は博多港で、これに対抗しようとしているのが、長崎、伊万里などである。三池や熊本は内陸といってもよく、結局、陸上輸送の距離が短くていい博多が有利だった。

 一日目の夜は懇親会で、終わるとホテルに直行した。中州に繰り出した人もいるが、私はとにかく連日の疲れを少しでも取っておきたかった。研究所のOBがいれば足を運んだかもしれないが、奈良の先輩以外は来ていなかった。その先輩も二日目は所要で戻る必要があると言って博多駅に向かった。

 統一論題では、東京港・横浜港と茨城県の港の競争、羽田と成田の役割分担、中国道と山陽道、博多港と北九州港、そして福岡・北九州・佐賀の空港ということでインフラの地域間競争が取り上げられた。私は空港と高速道路のアクセスを中心に三空港の分担を述べた。あとのパネルディスカッションでは双方の市役所から来た参加者から国際輸送の可能性で質問を浴びた。私が二十四時間体制で北九州優位としたことに福岡市のほうは不快なようだった 

 シンポジウムが終わるとバスで博多駅に出て地下鉄に乗り換えて福岡空港に移動した。関西と福岡の間の飛行機も朝と夜にあるくらいで、国際乗り継ぎという趣である。こちらも767だが、羽田・関西と同じく横七列に三人か四人という状態だった。関西に到着すると窓の外に貨物用の747が注記しているのが見えた。それは成田が手一杯でこちらに回された会社のものだった。北九州だけでなく、中部の空港も海上空港なので二十四時間利用できるが、そうしたところに振り分けていくことになりそうだった。問題は取り扱い量の多寡である。

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全日空の広告が

全日空の
新しく導入する「バカデカイ」奴 営業に必死になってますのぉ (・∀・)ニヤニヤ

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陽炎(55)

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 七年目の学務は学生委員会のクラブ・サークルは引き続き、そして広報委員会では宣伝広告を担当することになった。広告代理店を通して駅や電車の交通広告、新聞・雑誌に掲載してもらう広告の管理である。阪急京都線と大阪モノレールはなんとしてもはずせないし、あとは京阪とJRの東海道・大阪環状線、大阪市営地下鉄も重要である。

 剣道部長としては、四月最初の土曜日に稽古の様子を視察した。平日は午後六時から八時までやっているが、博士論文の詰めもあるし、土曜日も論文のために大学に足を運んだ。ネット小売は洗剤や飲み物など重たい品物を妻の代わりに買うという生活で必要性を痛感していた。

 土曜日の稽古は昼間に行われた。卒業生がコーチや師範として来ていて新入生の山田の腕を高く評価していた。彼は一年ゼミで私の担当となった。「十年後の自分」という作文でも警察または実業団という希望を書いていた。それは推薦の作文と同じである。背丈は普通だが、面の踏み込みは鋭く、小手や胴も冴えていた。

 師範から私もやってみてはどうかと薦められたが、丁重にお断りした。代わりに子供に始めさせるということも提案すると堺にいる卒業生を紹介された。上はどちらかというと文化系向きなのかなというところがあったが、小学生になったらさせてみるのもいいかもしれないと感じていた。

 物流産業は185人、観光産業論は223人が受講届けを出してきた。ゼミは24人である。私のところからは貨物・流通・旅行とかに行く者が多くなっていた。N社の警備輸送にはサッカー部の者が入り、初めてフェリーの関係に行く学生も出た。航路は大阪・北九州を結ぶMフェリーである。

 毎月行われる交通学会の関西部会はもっぱら聞き役だった。私鉄・エアラインの話に加えて海外事情もあるが、その海外は少しずつアジアが増えた。発表する大学院生も中国と韓国に加えて、タイ・マレーシア・インドネシアと様々な国籍になってきた。格安の航空会社は日本ではまだまだという状況である。

 新しくなる北九州空港を拠点にした航空会社のことは常にマークするようにしていた。すでに吸収では宮崎拠点の新エアラインができたものの、集客力の強いA空輸の傘下に入ることとなった。北九州の新会社も同じようになるのではないかというのが私の見立てである。論稿をどこに出すのか、自分の勤務先の紀要か母校の学術論文集か、はたまた運輸専門誌か。教授昇進もさることながら、昇進してからまったく書かないと言われないことも重要である。

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2019年1月21日 (月)

大野城でマラソン

四月十四日に行われます 小学校三年から六年までは1500m 中学生は三キロ 高校・一般は 五キロまたは十キロ 

二月二十二日まで申し込めます 小中学生500円 高校生1000円 一般 2000円 でもやるそうな

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今日は丸一日

250px3晴れでした でも一年で一番寒い時期ですからねぇ (;´Д`A ```

愛媛県庁でピストル自殺図ったと見られる人が 容態不明だけど・・・ そして新宿の歌舞伎町では カラオケ店で発砲が モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

平成まで残り百日をきりました この三十年を振り返るという特集がいろいろと 出てます キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

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陽炎(54)

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 会合は最上階の社員食堂で行われた。眼下に浜離宮が見える贅沢な場所である。外はすっかり暗くなり、レインボーブリッジや羽田に下りる飛行機の明かりがきれいだった。学会と同様、ビュッフェ形式のため、椅子は端っこだが、私はずっと立って多くの人と会話するようにしていた。

 OB会の初代会長には長年物流技術部長を務めていた人が就任した。私が入所した年に定年となったが、顧問として物流技術部のフロアで受託テーマに関わっていて、今も週三回は出勤していた。研究所創設メンバーの一人で経済研究部の御大と言われ、私が入ったときは専務だった方は千葉県にある大学に入ったが、「後期高齢者」になるのをきっかけに辞退した。

 会設立の乾杯の音頭は研究所の社長が取った。歴代の社長はN本社から下りてくる形で、この人も総務部長を最後に研究所に来た。名刺を渡してあいさつし、大学の剣道部長を引き受けることを話すと「私も元は剣道部でした。いい学生いたらぜひ」と言われた。山田が推薦で入ることになったので、彼の意思次第ではNに送り込もうと決めた。

 R経済大学に行った人も群馬や神奈川の大学の人もおらず、二十五人の出席者は元物流技術や情報システムの人ばかりである。卒業式を控え、新年殿準備で忙しいのかなと思った。午後八時にお開きになると研究所のフロアを覗いた。深井は帰宅したが、峰岸は残っていた。

 どんなテーマをやっているのかと尋ねるとN社からの受託二件、全日本トラック協会二件、運輸政策機構・ロジスティックスシステム協会・岡山県から一件の七件に関わっているという返事だった。N社とトラック協会の二件はチームリーダーだそうである。市川にある借り上げ住宅に帰るのはいつも終電だった。新橋と市川は総武・横須賀の快速一本だが、秋葉原よりも遠くなったのは気の毒である。

 彼の邪魔をしないようにそそくさとホテルに戻った。翌日は浜松町まで歩いてモノレールで羽田に行き、九時半の飛行機で関空に向かった。今度は767で横七列のうち、窓と通路で四列が埋まっていた。成田の発着枠の制約で関空に回された国へのフライトを利用する客もあるようだが、閑散とした感じは否めなかった。関空のターミナルビルでランチを食べ、南海の急行に乗り、羽衣で乗り換えというルートで自宅に戻った。

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予科練ルック

よかれん
今でも着られます つまりメタボではないってことの証左 \(^o^)/

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陽炎(53)

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 関西国際空港に向かう連絡橋を渡る快速電車の窓から私は早春の光を浴びる海を見下ろした。三月半ばの木曜日に研修届を出して一泊二日で東京に向かうところである。そろそろ家族四人で遠出することも考えたいが、第一候補はここかなと思った。鳳まで普通電車、東羽衣までの支線から南海の急行に乗るか鳳で快速乗り換えという二つのルートだが、今日は快速利用である。

 朝十時に羽田に向かうA空輸の機材はA320だった。初めてここに降りたときの747に蔵へべたらずいぶんダウンサイズしたなという印象である。それだけ旅客数は伸びなかったということが明らかだった。J航空も飛ばしているのはローカル用の737という有様である。機内は窓側だけが埋まっているという状況で、小型化も納得した。

 羽田に着くと京浜急行で品川に行き、研究所の一部が移転した「物流博物館」を訪ねた。秋葉原時代には四階の一角に「物流史料館」があったが、そこの収蔵品はここに移った。展示物を見て一時間半ほどすごし、新橋に移動した。ここから新しいN社の本社までは歩いて十分である。

 途中にあるホテルに早めのチェックインをして部屋に入ったのは午後三時前、ちょっと一息つくと本社に向かった。通用口の守衛はまだ顔なじみだった人が残っていた。名刺を見て、通用口のすぐ前にある武道場を見せて欲しいと頼んだ。道場は柔剣道それぞれ二コートずつ取れるスペースがあり、観覧席まであった。夕方には地域にも開放して社会貢献の一環としているそうである。

 研究所は十六階建ての本社ビルの十階に入った。経済研究部は浜離宮を見下ろす側であるが、さすがに景色を楽しむ余裕はなさそうな雰囲気である。峰岸と深井は自分の席でワープロを打っていた。峰岸は「勤続十年の表彰もらったぜ」と言った。新しいスタッフも入り、中国出身が二人いた。

 物流学会で福岡と北九州の空港の話をすることになっていたので、その関連の調査資料をもらえたのはありがたかった。佐賀空港が新たに開港し、山口宇部の滑走路も747が発着できるようになった。佐賀は東京・大阪それぞれ二往復ずつで767、山口宇部は767のままである。新しく入ったJ航空は737だった。

 研究所の季刊誌は休刊が決まった。研究員の発表の場が狭くなるなと思ったが、情報発信も紙からネットの時代に移りつつあった。研究所もホームページを設けて、そこに論稿を載せるという方向のようである。とりあえず所内で旧知の人たちにあいさつして回り、OB会の始まる午後六時まで時間をつぶした。

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福岡市民体育館で

3月16日には 三対三のか・・・ 小中学生は4200円 一般は6000円 これはチームあたりで・・・ で各カテゴリーで二十四チームずつ ということは予選リーグと決勝トーナメントかな

二月四日までの受付です ちなみに 体育館のサイトは http://www.sports-fukuokacity.or.jp/ で 

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2019年1月20日 (日)

今日も寒さは和らいで

160829_145232室内の日当たりのいい場所にいると もう春という感じでした ヽ(´▽`)/

イノシシ狩りをしていた人が 逆襲されて死亡 あちらさんは「二本足で歩く凶暴な生き物を駆除しました」という感覚なんだろなぁ ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

ロシアでは 島の返還反対デモが・・・ ビーバー総理の訪ロ間近だけど 成果はたぶん (。>0<。)

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陽炎(52)

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 平成16年が明けて大学入試センターが実施された。私は警備である。正門の守衛室、裏門での立ち番の次は廊下での待機要員だった。受験生が時間中にトイレに行く場合、付き添って「個室」の中で不正をしないかという役割である。女子は女性の職員、男子は私ということで教室の外に置いたパイプ椅子に腰を下ろした。

 ハプニングはいきなり起きた。一番最初の「地理・歴史・公民」が始まって四十分で教室内の監督者から男子の受験生からトイレに行きたいという申し出があったと告げられた。三十分で試験を受けるのをやめて退室する場合は答案のマークシートを裏返しにして問題用紙を持って退出だが、この場合は問題用紙を机に置いてである。

 出てきたのは紺色の付属校ではなく、黒の詰襟の公立校の生徒だった。切羽詰まっているらしく早足でトイレへ向かい、五つある個室の一番手前に飛び込んだ。洋式は一番奥だけで後の四つは和式である。私は他の個室のトイレットペーパーがちゃんとあるか確かめるふりをしながら個室から発せられる音に耳をすませた。

 ベルトを緩め、ズボンを下げてしゃがむ気配があった。ボチャッという水のはねる音が聞こえ、トイレットペーパーを引き出す音がした。拭くのは一回だけで、下痢ではないのかなと思った。ズボンを上げてベルトを締める音、それから便器の前の部分のレバーを踏んだはずだが、水の流れる音がしなかった。

 受験生がとまどう様子に私は「こっちで始末するからすぐに教室に戻っていいよ」と声をかけた。マニュアルにはないが、とりあえず戻らせればいいかなと判断した。ドアを開けた彼は首をすくめるように歩き、手をサッと洗って早足で出て行った。個室を覗くと平たい水溜りの前から後ろにかけて一直線に太い茶色の棒が横たわり、湯気を発していた

 レバーを踏んでみたが、パイプの機嫌が悪いのか水が出なかった。とりあえずトイレ故障と渡されたパーソナルハンディホンで事務室に伝えて所定の位置に戻った。しばらくして清掃担当の職員が来てトイレに入り、「今は流れましたよ」と笑いをこらえるような表情で言った。

 センター試験の点数を利用する志願者も結構多かった。府立大や私の母校に行く力のある者は全員合格である。国語・英語と地理・歴史・公民の点数で七割以上あれば楽々合格だったし、六割くらいまでは引き受けるというのが大学の方針である。それ以下となるとスポーツの実績次第だった。

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陽炎(51)

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 推薦入試の選考は十一月十五日に始まった。剣道部長を引き受ける決断をした私はその関係で入ろうとしている学生に注目した。付属校からは男二人、女一人が、他校ではS高校の山田という受験生がいた。山田の自己PRでは二年の秋と三年の春の府大会出場とあり、福岡で行われる大会で二年生のときに五人抜きを果たしたとあった。

 S高校は中学からある学校で母校にもたくさん来ている文武両道の学校である。福岡で七月に行われる大会がどんなものがインターネットで調べて調べると会場は研究所時代に行った福岡市港湾局の近くで工事していた建物である。さらに主宰の新聞社が試合結果を載せていた。

 平成十四年の大会で、山田は先鋒として入り、福岡県の高校と一回戦であたって、五人を抜いたのが証明された。ハイライトシーンというのがあってそこをクリックすると彼が相手の面をかわして胴を打ったり、鍔競り合いの状態から相手の胴を打つシーンが出ていた。高校の剣道の授業しかしらないが、この技はとてもカッコいいなと感じていたのを思い出した。彼はこの試合で胴を五本決め、あとは互いの面勝負での面と小手が一本ずつ、面や小手はよくわからなかった。

 次にあたったのは熊本の高校である。山田は負け、大将までもつれたが、S高校はここで散った。互いに竹刀の先が触れ合った状態から山田が面を打ちに行って胴を打たれ、はじけるような音が響いた。その次のシーンは次の選手が小手を決めたところである。つまり一本負けだったのだとわかった。

 三年生になったときには大将として入っていた。一回戦の山口県の高校、二回戦が地元の高校とあたっていたが、山田の前で勝負がついていた。三回戦は東京の高校が相手で向こうの副将と山田の対決となり、引き分けでS高校の敗北となった。とりあえず欲しい学生ということでサインした。学業のほうは府立大学がどうかなというところである。学部が私のいるところを志望というのでN社の剣道部に送り込むということも考えた。

 交通学会の年俸掲載に向けてはほとんど手直しせずにいけそうだった。物流学会は古巣の研究所に事務局が置かれることが決まった。N本社が秋葉原から新橋に移転し、それに伴ってのようだった。研究所のOB会が結成されることになって私にも案内があった。年会費2000円で第一回の総会を三月の半ばに新橋でやるということだった。とりあえず古巣も訪ねてみるということで返事を出した。

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2019年1月19日 (土)

福岡市博物館で・・・

一月二十四日から二月十七日の間 新収蔵品展が行われます 歴史とくらし ということで 観覧は 大人200円 同時に黒田二十四騎を描いたものも 長さ十メートルだって 

いちおう 博物館のホームページを http://museum.city.fukuoka.jp/

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いつの間にか

Venus1月も:下旬に突っ込もうとしています 今日は 寒さがいくぶん和らいだかな 朝は晴れていたけど 昼から雲が広がって * ´З`)σ

トランプ大統領と子豚クンが来月下旬に会談するらしい 国内でいろいろとあるので 外交で ということかな 政府の一部閉鎖もついに一ヶ月と ( ゚д゚)ポカーン

日本海でロシアの スホーイ34戦闘機が墜落 で ネットのニュースでは この機体 戦闘機なのに 横二列のコックピット 「厠」までついていて まるで爆撃機のようだとか ヾ(.;.;゚Д゚)ノ

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陽炎(50)

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 交通学会は大阪・京都・奈良の境界にあるD大学が会場だった。大阪環状線の京橋で乗り換え、かつて片町線と言われた路線でアクセスした。途中で電車がディーゼルカーになるのが、全て電化され、大阪市内の地下を掘り進めて尼崎につないで福知山線へと連なる大動脈に変わった。

 通信販売と宅配業界の関わりについてはまずまずの評価をもらえた。ここから小売の宅配となると買い物代行行になるのか宅配便業界になるのかその境界については今後の推移を見守る必要があるという指摘も会場から得た。学会ではローカル鉄道の維持や交通需要マネジメント、そしてエアラインに関する状況などが人気のあるテーマだった。

 交通需要マネジメントは大都市部での自動車交通抑制のことである。ロンドンでは中心部から五キロ以内に入る場合、一日あたり5ポンド、1000円相当を支払って納付済みのステッカーを貼るというシステムだった。イギリスでは既に監視カメラが普及しており、ステッカーを貼らずにエリア内に立ち入ると罰金である。

 シンガポールの場合はゲートを設けていた。ここを通過しないと都心に入れない地形のためである。東京や大阪では山手線や大阪環状線の内側が入場料徴収エリアと考えられるが、あまりにゲートとなる場所が多く、ロンドン方式が現実的という感想が多かった。私の家はマイカーを持たず、徒歩圏内に保育所やスーパーがあるという環境である。

 懇親会では母校の先生からエアラインについての論稿の話もした。経営・法律といった視点で「学際的」なものとしたのだが、交通分野は理工系の部分も多く、工学的な視点も必要になるだろうという話になった。実際、交通学会の主流は今のところ経済学だが、少しずつ工学部が増えていた。

 情報通信と交通ということについても話をした。ネット時代になって交通がどうなるのか、自宅勤務による通勤需要の減少、テレビ会議やネットでのやり取りによる出張行動と旅費の削減、バーチャル観光となると現地に足を運ぶのか運ばずに済ませるのか、とりあえずは次のための布石も打った。

 学会が終わった次の週に入試委員長をしている先生から「私は今年で定年なので剣道部長を引き受けてもらえないか」と頼まれた。この先生は剣道七段で府の連盟顧問も引き受けていた。特に稽古を共にする必要はないので、新入生歓迎や卒業生追い出し会、OB会との交流だけでよいということだった。指導監督はOBの師範がいてその人も七段である。

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今年も梅が

今年も梅が
ちらほら咲き始めました (◎´∀`)ノ

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陽炎(49)

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 六年目の学務は入試委員会と学生委員会で入試は推薦の合否判定、学生のほうは最初の二年と同じクラブ・サークル担当で、今度は主査になった。副査は新任の体育科教員である。前任は母校へ栄転し、その後輩という形だった。少しずつ責任が重くなる一方、博士取得に向けての準備でも単位取得のために母校の論文集にも一本書くことが決まった。

 ネットを活用した流通の新しいトレンドとは別に書くのは観光を意識してエアライン経営統合である。日本の航空法には外資規制があって自動車メーカーのように外国人を代表にできないこと、外国人役員や株式の外国人所有割合は三分の一という規制があることを踏まえて「日本における航空規制緩和の展開」というテーマを選んだ。

 博士論文の前段階としてのネット通販と宅配便業界の交通学会へのプロポーザルは受け入れてもらえた。出前授業は付属中と高校の他に始めて地元の公立中一校に「物を運ぶ仕事」というテーマで講演した。大阪港コンテナのワーキングが終わって学外の活動は一段落したが、土日も仕事に追われるのは研究所時代と大差なかった。

 ゼミ生の就職も頭の痛い問題だった。運動部では野球部二人、剣道部二人が四年生でみんな実業団に入りたいと希望した。野球は地元のOガスに投手として、そしてN社の野球部に内野手として一人入った。ガスのほうは五年ぶり、N社は十三年ぶりだそうである。剣道の二人はFエクスプレスと引越しのA社に決まった。いずれはN社にも引き受けてもらいたいし、そうなると部を引退して会社に残ってもやっていけるように鍛えないといけなかった。

 物流学会は翌年、福岡にあるN学園大学で行われることとなり、統一テーマで「地方における物流インフラ」という話になった。どういうわけか私に開港が三年後に迫った新しい北九州空港と福岡空港の関係ということで発表するようにという話が来た。北九州市と福岡市は何かにつけてインフラ整備の競争をしていて、博多港と北九州港もそうである。港については神戸の先生、空港が私、どうやら地元の先生が話すと波風がたつというのが他のエリアに振り分けた理由のようだった。この準備もするとなると博士論文プラスで平成十六年度の忙しさは確実にアップである。

 

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福岡市民体育館で

2月16日にスポーツフェスタが・・・ 午後一時から四時まで ソフトバレーや体力測定など 

アクセスは 西鉄が「千代町」 は「千代県庁口」 どちらも一分 鹿児島本線の吉塚駅からだと 十分です

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2019年1月18日 (金)

すっきりした青空が

120306_120206_m広がりました 寒さは一段落したけど まだまだ (;´Д`A ```

日産事件 ようやく「レナウルト」も会長交代に乗り出すそうで・・・ あと保釈請求を必死でやっているのが 元特捜検事の弁護士 ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

大相撲は 鶴竜が休場することに まっ キセノンの例もあるから「ダブルスタンダード」と言われないようにね・・・ で御嶽海が今日の取り組みを膝を これは痛いなぁ (´Д⊂グスン

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陽炎(48)

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 平成15年が明けて五回目のセンター試験を経験することになった。今回は教室の担当で、初めて受験生の前で注意事項の読み上げを行う役目になった。過去二回は問題やマークシートの配布と解答用紙の回収だが、声を出す役目では早すぎても遅すぎてもいけないので気を使った。

 初めての観光産業論は私鉄の経営多角化の一環としてのレジャー戦略を出題した。小テストでは航空の規制緩和・船会社のクルーズ化を出題していた。クルーズ化も航空の歴史とかかわりが深く、旅客の航空シフトへの対応という話である。とにかく交通の側面が強かったが、次の年度へのシラバスは旅行業界に必要な資格取得にも役立つように旅行業の話や観光地にも触れることとした。もっとも資格取得ならば専門学校の役割であり、大学教育としてはあくまで経営・経済の観点を主眼にしたかった。

 専門ゼミの選択では215人の二年生のうち、希望者が30人いた。規模が大きくなると細かな指導が行き届くのか不安があり、公務員も考えている学生には「まちづくり」が専門の先生を勧めた。こちも交通とは密接な関係があり、その先生もシンクタンク出身で旅客輸送に関する調査の経験があった。

 中高生向けの出前授業でも物流だけでなく、観光バージョンを入れた。航空輸送に関してはJ航空がD航空を吸収する形となったが、それはアメリカのP社と同じ運命をたどるのではないかという指摘があった。国際中心のP社は国内中心のN航空を吸収したものの、労働組合との関係で賃金水準をP社の高い水準に合わせざるを得ず、経営破たんに進んでしまった。D航空の賃金水準もJに合わせるとなると同じ懸念があった。さらにコストアップの要因は多種多様な機材である。

 アメリカではSW航空が新規参入組として急成長を遂げたが、その要因は機材をボーイングの737に統一したことであった。J航空は路線に応じて747、777、767、737とボーイングを持っていた。このうち737は国内ネットワーク拡大のために入れたものである。一方777はD航空も持っているが、767と737はエアバスやダグラスなど同じ規模の機体を持っていた。とにかくやるべきは機材を統一して乗務員訓練や整備のコストを抑えることである。これができなければスケールメリットを享受することは不可能だった。

 日本国内の新しい航空会社も三社目が誕生した。羽田・福岡のS航空、羽田・札幌のH航空に続き、仙台を拠点にしたF航空である。社長は学会でコメンテーターをしてもらった人なのに驚いた。この人は夢を追う人で、S航空が立ち上がると次をということがわかった。F航空は仙台とまず大阪を結んだが、乗る用事はなかった。

 

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陽炎(47)

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 交通学会の会場は都心から少し離れたS鉄道の沿線である。駅からさらにバスに乗るという点でアクセスが大変かなと思った。整備新幹線と鉄道貨物の問題は第三セクター化されたルートが「複線電化」から「単線非電化」にしてインフラのメンテナンスコストを下げようとする動きへの懸念がまず挙げられた。そして青函トンネルについて、私は旅客列車と貨物列車の速度差が新幹線化によって広がる懸念を挙げたが、発表者はレールの幅の違い、在来線と新幹線の電圧の違い、列車すれ違い時の風圧による荷崩れの恐れを加えていたので高く評価した。

 交通学会の報告の中に今後の研究方向の参考になりそうなものがあった。「通信ODと移動の相関関係」というもので、固定電話回線の地域間通信と交通量を分析したものだった。発表者はJ航空から大学に転じた若手研究者である。携帯電話によってデータを集めにくくなる問題はあるものの、通信があって交通が発生するというのは通信販売の人流版だなと思い、ふと観光における交通につながるのではと直感した。

 懇親会では紀要に発表した「テーマパークと交通の相関」については交通学会の関西部会で取り上げてみてはということを関西の先生から言われた。私鉄経営の中でのアミューズメントから私鉄以外の経営主体がどのようにアクセスを確保するのかというのは関心を呼びそうなテーマである。交通学会も少しずつ観光シフトを進めようとしていた。

 二日目には深井も会場に来た。とりあえず学内の食堂でランチをしながら大阪港の話である。神戸の発着だったコンテナを取り込んだものの、それは国際的にみれば釜山や上海からの枝という航路である。コンテナ船の大型化に日本の港は送れつつあり、コンテナ取扱量はシンガポールや香港が世界のトップクラス、日本は横浜や神戸が代表なのだが、世界的にははるか下という状態になっていた。各地に整備される港湾からは釜山に服せ巣という状況で、西日本では博多・北九州・下関いずれも似通っていた。

 深井は大阪港の他に北九州空港も担当することになった。西日本の航空貨物需要をどこまで取り込むかという話であるが、福岡・佐賀・大分・山口が限界だろうというのは彼も同じ認識である。S社が航空貨物会社を設立しようとしているニュースが貨物関係の専門誌に出て、ボーイング767の貨物専用機を使うということまでリリースされていた。N社はどうもそのようなアグレッシブなことはしないようである。S社は東京・大阪の鉄道貨物でも専用のコンテナ列車を共同で走らせることにした。それは両端に機関車をつけた日本では始めてのタイプである。

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野崎和義「コ・メディカルのための医事法学概論けミネルヴァ書房

九州看護福祉大学の先生で 八年前の出版です 236ページで゛本体2500円 

医療関係者にとって必要な法律知識ということのようで 

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2019年1月17日 (木)

今夜の原北稽古は

Dsc_7972_convert_20120731052706あまりの寒さに見るだけでした (A;´・ω・)アセアセ

今朝 口永良部島が噴火 なかなか収まらないようで モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

キセノンの引退で 奮起しないといけない高安 あらぁ 負けてしまったぞぉ 栃乃心は休場 鶴竜は破れて・・・ でも 白鳳は きわどい勝利を積み重ねてます キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

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陽炎(46)

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 大阪港の調査はリーダーが主任研究員で、深井がサブリーダー、それを物流技術部の新人が手伝うというものである。この調査では淀川をハシケでさかのぼることも検討するというものだが、鉄道や道路の端桁の高ささからみても無理があると直感した。とはいえ、阪神大震災をきっかけに河川交通の見直しが始まっており、東京では隅田川や荒川がその候補となっていた。

 最初のワーキングは六月の末に行われた。交通学会の年報に掲載された「チャイナランドブリッジ」を深井も読んでいた。彼も秋にはトラックと環境問題をテーマに物流学会で報告するプロポーざるを提出していた。ワーキングのあと二人でカフェに入って彼のやっている非常勤の話も聞いたが、学生の関心は物流よりも観光のほうが高く、どうも二刀流で行ったほうがいいという結論になった。

 博士論文を意識してネット動脈物流というタイトルを考えたが、まずは前段階でネット通販と宅配便業界というところから切り込もうと思った。通販から日常の買い物もネット注文そして宅配というのが博士論文の構想である。そこでは宅配便業界の労働問題煮まで言及しようと思った。それは労働法の知識も動員するまさに「学際」の領域である。

 家での子育ては自分と妻の両親の手助けも受けた。長男の保育所の送り迎え、そして娘もどちらかの両親に見てもらったりしている状況だった。今は両親も元気だが、遠からず介護という問題も出てくるのかなと思った。とにかく妻に買い物の負担まで背負わせるのはとてつもなく心苦しかった。

 交通学会のほうで東北新幹線八戸延伸に伴う東北本線の第三セクター化と貨物輸送への影響についてのコメンテーターを頼まれた。発表者は東北大学の院生である。予稿を見ると北海道への延長での青函トンネル問題にも触れているので、それは自分の指摘とも合致していると評価することにした。物流・交通ともに関東で行われるため、連続しての出張である。

 交通学会の際はマイルを使っての上京になった。宿は両国の国技館に近いところにしてとりあえず小岩の様子も見に行った。総武線の電車は国鉄時代の車両が一層されてステンレスに黄色のラインを入れた新型に切り替えられていた。快速線でもマリンブルーとクリームの旧式は姿を消してステンレスにマリンブルーとクリームのラインの新車だけという状態である。

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こんな広告が・・・

こんな
全日空が導入する世界最大の旅客機がらみのキャンペーンです (* ̄ー ̄*)

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陽炎(45)

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 大阪駅前第四ビルにある私の母校のサテライトキャンパスでは学際的な研究で博士号を目指すコースがあって週二回、そこに立ち寄った。午後七時から一時間半の授業はイントラネットを利用したチャットのような形での意見交換である。学部時代に他の文系学部の講義を受けられる制度を利用して憲法・政治学を高校の社会の延長のような感覚で受講したが、S航空の新規参入がらみで発生した独占禁止法との関連で、法律に関することをやりたくなった。

 経済学と法学の接点として経済法、さらに経営にもからむ会社法・労働法、行政との関連から行政法にも目を向けた。研究所の大先輩でR経済大学の学長になった先生は経済法の数少ない研究者の一人でアメリカの独占禁止法、そしてアメリカの物流を専門としていた。

 チャット形式の授業、それは大学院のほとんどゼミと変わらない少人数授業ではとても有効なものだった。自分のゼミでも参考にしてみたいものの、二十人を超えるとさすがに無理だと思った。「教える立場」と「教わる立場」の両方にあってそれでもこれが近未来の大学、サイバー空間の大学になるのだろうかと思った。

 ネットの活用は紀要で準備しているテーマパークに関する研究でもあった。東京ディズニー・ユニバーサル・スペースワールド・ハウステンボス・シーガイヤのまずは交通アクセスと入場者の推移の相関に触れた。ディズニーはすぐそばに舞浜駅ができるまでは少し離れた浦安駅からのバスでアクセスだったし、シーガイヤにいたっては最寄の鉄道駅から離れているという状態である。スペースワールドは最初は枝光駅、そしてスペースワールド駅が新設、あとの二つも近くに駅を新設という状況だった。

 さらに宿泊施設にも着目した。どれも園内に泊まることは可能である。ただしスペースワールドだけは宇宙飛行士体験のキャンプのみだった。あとは集客力ということになるがこれは圧倒的にディズニーが有利で吸収の三つは苦戦していた。とりあえず夏に出すものに間に合わせるために必死だった。

 五年目の学務は国際交流と入試になった。入試はオープンキャンパスである。私は模擬授業と模擬ゼミをそれぞれ行うことにした。物流産業の受講は175人、観光産業は193人でなぜ観光のほうが人気が高いのだろうと思った。三年のゼミ生は21人引き受けた。さらに古巣が大阪府から受託した「大阪港コンテナターミナル」の調査に関するワーキンググループの座長を頼まれてやむなく受諾した。実際の作業は研究所だが、体がいくつあっても足りなくなるほど立て込みそうなところである。

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東日本大震災(3225)

くもり それにしても冷え込みが・・・ 阪神大震災からちょうど24年 

飯舘村 5704人中 村内は 989 17.3%まで

伊達 1月10日 最大値 0.52 の影響なのかな・・・

那須塩原 1月15日 市役所 0.08 

松戸 1年ぶりに測定値が・・・ 1月7日 市役所10階屋上 0.10に

葛飾区 10月の次は1月のはずが まだみたい 

東北大学 スリランカで7000年分のインド洋津波の痕跡発見 1000年ごとに 

福島県 1月16日 15時 福島市 0.14 郡山市 0.08 南相馬は平常

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2019年1月16日 (水)

ヤッパリ寒いなぁ

日射しが出ても 風がねぇ 部屋の中だとマァなんとか (;;;´Д`)ゝ

大相撲 キセノンがついに引退することになりました 年寄 荒磯 だって (○゜ε゜○)ノ~~

Brtrainイギリス議会の えこじ にはホトホト 離脱案は 与党まで否決 これで ハードランディングが濃厚に ヤッテラレンワ…ヽ(○´3`)ノ フッ

皇居では 平成最後の歌会始 陛下は 阪神大震災で亡くなった小学生の残したヒマワリの種に言及した歌を 来年のお題は 新天皇即位のときに発表だそうです φ(・ω・ )メモメモ

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陽炎(44)

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 二人目は女の子だった。とりあえず妻は二度目の出産と育児休職となっているが、私もできるだけ子供にかかわるようにしないといけないなと感じた。なにしろ少子化は大学の・・・というよりも教育産業にとっては死活問題である。すでに定員割れは私の勤務する大学でも始まっていて地方では学生集めに四苦八苦している状況になっていた。

 教務からは新たに観光産業についても講座を開くということで、準備するように頼まれた。交通学会で航空券直接販売の話をした程度で、少し不安はあったが、観光に対する需要となれば対応しなければならなかった。とりあえずは交通という角度からだが、それは私鉄経営の研究が参考になった。

 とりあえず観光については紀要向けにテーマパークを出そうと考えた。大阪にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンがオープンしたが、東京のディズニーランドのように集客ができるのか、そして地方の例としては北九州のスペースワールド、長崎のハウステンボス・宮崎のシーガイヤについて調べ始めた。

 年が明けると元職場の先輩が訪ねてきた。峰岸と同じく関西の貨物に関する調査の一環だそうである。先輩は私の代わりのように鉄道貨物のリサーチセンターに出向していた。渡英した先生の土産の紅茶を出してもてなしたら「イギリスの研究は続けているのか」と言われた。

 元職場では最初の上司だった室長が定年で退職した。次の上司だった室長が経済研究部の部長になり、新たに二人が大学に移った。秋葉原の本社は新橋の旧国鉄の塩止め貨物駅跡地を再開発したエリアに移ることになり、そのままいたら通勤が少し長くなるなというところである。

 ゼミ生は七人が運輸関係に進んだ。H電鉄のエア・カーゴ部門、K鉄道の旅行部門を筆頭にFエクスプレス、引越しのA社、あとの三人がタクシー関係である。とりあえず旅行部門に内定した者に大学のパンフレットに出てもらうことを頼んだ。ほかには損害保険やリース会社といったところもあった。

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陽炎(43)

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 アメリカで同時多発テロが起きたとき、サマースクールで渡米していた学生が一人いたが、西海岸エリアなので影響は泣く、無事に帰国した。中国とフランスにも一人ずついたが、国際交流委員会では安否確認も兼ねて連絡を取り、問題は起きていなかった。冬休みには新たにイギリスのマンチェスターにある大学と連携協定を結ぼうという話が出ていたが、渡英するのは他の先生である。

 母校で行われる交通学会は新しくできた「学術情報センター」で行われた。理系地区の一角にある更地は教養部時代に文系地区との行き来で頻繁に利用した。そこに十階建ての図書館も入った建物ができ、文型地区にあった古い図書館の蔵書が移された。上には学会も行える部屋が設けられ、私の発表は100人規模の部屋だった。

 とりあえずは上海および青島から内陸への貨物輸送ルートに中国が力を入れており、線路の幅が中国も採用している国際標準とそれより9cm広いロシア基準の問題も積み替え作業の効率化でクリアしているということに触れた。日本とヨーロッパの東部や旧ソ連の中央アジアへのゲートとして有望視されていると指摘した。

 コメンテーターは長崎の先生で海陸連携の視点を評価された。日本としてはどの港から中国の港湾にアクセスするのかというのが重要になるが、それが博多なのか下関なのかというのが港湾関係者の関心事である。鉄道との連携となると特に重要だった。鉄道貨物駅と港のアクセスは博多のほうが優位にあるが、下関は関門トンネル通過が不要という利点もあった。

 会場からは日韓の延長で南北の統一ともからめた可能性を質問されたが、それは将来の国際環境の変化次第と応じた。そのようなルートが実現するとしてもチャイナルートのほうが有望ではと直感したが、口に出すのは控えた。ロシアルートについての質問は日本海エリアではないかと答えた。

 懇親会は文型地区にある記念館で行われた。とりあえず紀要に掲載してもらった「小売業による消費者への最終配送」というタイトルで発表したものをさらに掘り下げたいと院での指導教官に言うと学術博士を採るためのテーマとしてみてはとアドバイスされた。経済・経営を量にらみした研究所があり、大阪駅前のサテライトキャンパスに通うことを勧められた。さらに観光という分野にも手を広げることも考えるのがよいとも言われた。

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椎橋隆幸「よくわかる刑事訴訟法」ミネルヴァ書房

この先生も中央大学名誉教授です 三年前に出て 226ページ 本体2600円 

捜査から刑の執行にいたるまでの流れを体系的に 三島由紀夫氏は これを「美しい」と 

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2019年1月15日 (火)

3連休が明けて

180129_120258すっきりしない空模様でした 明日はまた冬型の気圧配置になるらしい (ノω・、)

大相撲は キセノンとうとう三連敗 進退どうするのだろうか・・・ 鶴竜も負け 大関も総崩れで こりゃ 白鳳だけがと なりそうな ι(´Д`υ)アセアセ

日露の外相会談は 平行線に あのぉ 島はもうないものと思うしか・・・ 覆水盆に還らず (||´Д`)o=3=3=3 ゴホゴホ

ゴーン被告の保釈は認められず 拘留はさらに そして 中国では 麻薬所持で カナダ人に死刑判決が 人質司法という点では五十歩百歩 ( ^ω^)おっおっおっ

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陽炎(42)

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 基調講演のトップは市役所の港湾・空港局長だった。空港の歴史から入って旧陸軍が八幡製鉄所防衛のために作ったこと、戦後はA空輸の東京・岩国・小倉の路線として始まり、大阪・小倉となったが新幹線の開業で休止。平成三年から東京と結ぶようになったことが紹介された。新空港では747の就航も可能だが、これは貨物便、二十四時間発着できる利点を活かしたいと結んだ。

 次が市立大学の先生で空港アクセスの話だった。鉄道を日豊線から分岐する案とモノレールを空港まで伸ばす案が検討されていること。空港島への連絡橋が道路単独となっているため、鉄道は別に建設する必要があり、費用対効果を検討中であることが紹介された。

 私は研究所時代の調査を元に山口・大分・佐賀などの他県の航空貨物需要も取り込むためには高速道路とのアクセスが大事であること。特に大分との東九州道は集荷の鍵となることを話した。四人の講演者の仲では私が最も若く、貨物のことはどことなく隅にやられていそうな気もした。

 最後は苅田町の町長が自動車産業だけでなく、新たな産業を誘致するためにも空港の存在は重要であることを述べた。また観光という面での期待も強いとも言った。町長は六十代で講演者の中では最年長である。昼食をはさんで午後のシンポジウムは四人がそのままパネリストとなった。

 聴衆の一番の関心は空港アクセスで、貨物については言及がなかった。一言だけ、空港連絡鉄道が旅客オンリーとなっていることについて説明する機会はあった。航空コンテナと鉄道の貨車の規格はあまりに違いすぎて諸外国でもトラックによる輸送という状況である。

 シンポジウムは午後五時に終わり、市立大学の先生や主催の市役所スタッフと挨拶するとすぐに駅に向かった。モノレールは小倉駅の在来線ホームの真上に直角に乗り込んでいて、新幹線までは雨が降っても傘をささずに移動できるようになっていた。「のぞみ」ではなく「ひかりレールスター」を利用した。指定席が横四列とゆったりしており、スピードは「のぞみ」より劣っても快適なのはよかった。

 帰宅すると妻から二人目ができたことを告げられた。ますます責任が重くなるなと感じた。とりあえず母校で開かれる交通学会には「チャイナランドブリッジの現状と今後」というテーマでプロポーザルを出し、ステップアップを着実に進めることにした。

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陽炎(41)

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 朝六時五十分、枕元にセットされた目覚ましアラームが鳴った。私は枕元に置いたリモコンでテレビをつけ、天気予報を聞いた。四年目が始まってまもなく、北九州空港に関するシンポジウムが行われることになり、私は前日から小倉に入ってステーションホテルに投宿した。シンポジウムの前には講演があり、私は貨物を担当することとなった。

 窓のカーテンを開けるとすぐ真下からモノレールが出るところだった。電車は駅からまっすぐ伸びる平和通を進み、隣の駅は歩いてもいける位置だった。駅前の左手にはS百貨店があるが、経営難で閉店したばかりで、右手には昔ながらのアーケード街や歓楽街があった。

 シンポジウムの開始は午後一時半だが、その前の講演は朝十時から開始である。私は二十分ごとに与えられた持ち時間の三番目だった。会場はモノレールで十分ほど行った市立大学である。ニュースを見ながら着替えて七時半にはビュッフェスタイルの朝食を済ませた。そしてモノレールの終点まで行ってみることにした。

 助教授に昇進して学務は就職から解放されて広報と国際交流委員会を割り当てられた。アメリカ・中国・フランスの大学と短期留学の協定を結んでいたが、さらに広げたいというのが大学の方針である。ゼミも専門は21人受け入れた。物流産業論は社会人も受講ということになって190人が届け出た。

 八時前の企救丘のモノレールに乗ると衣替えの前で黒や紺の制服姿の学生の姿が目についた。彼らは大学のあるところよりも手前で下車した。大学のキャンパスは駅のすぐそばで、反対側は競場である。なんともすごい立地だなと思った。終点近くは住宅街で改札を出てみると車両基地とJRのこじんまりとした駅があるだけである。電化されていない単線にホームをひとつ付け足したので、以前は何もなかったのだろうと推測した。

 大学のある駅まで戻り、改札を出ると左は競馬場、右がキャンパスという案内があった。モノレールの下は四斜線の道路が走っていて福岡に向かう高速バスの停留所もあった。キャンパスのモノレールに一番近い建物は武道館で、規則正しく竹刀のはじける音が聞こえた。私は高校の体育の授業で触った程度だが、ゼミ生には今も続けている者や以前やっていたという者もあわせて有段者が十人いた。会場は本館の大講堂で、ここは300人入れるそうである。

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2019年1月14日 (月)

藤本哲也「よくわかる刑事政策」ミネルヴァ書房

藤本先生は中央大学の名誉教授です 八年前の刊行だけど・・・ 232ページで本体価格は2500円 

犯罪類型としては ロンブローゾやフロイトが で刑罰でしょ 刑事政策の課題の中には キャンパス・ポリスなるものが  全共闘時代にあったら どうなってましたかのぉ

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3連休の最終日は

121016_114425_m日射しが出てました 気温もマァ (◎´∀`)ノ

大相撲 キセノンが連敗して これはもう決断のとき・・・かな 人( ̄ω ̄;) スマヌ

東北新幹線の盛岡・新青森は 最高速度260キロ これは整備新幹線区間ということで・・・ しかし盛岡以南と同じように320キロ走行させようという計画が そこまでして飛行機に対抗したいわけね ( ´_ゝ`)フーン

子豚クンと トランプ大統領の二度目の会談 ベトナム案が浮上してます シンガポールよりは近いし それにしても かつて敵同士戦った間柄なのが ウソみたいな ヾ(.;.;゚Д゚)ノ

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陽炎(40)

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 物流学会から「シベリアランドブリッジ」の研究報告へのコメンテーターを頼まれたときは当惑した。日本の鉄道貨物ならば自信あるが、ロシアの知識ならば峰岸のほうがというのが本音である。それでも新しい知識の吸収と割切って引き受けた。自分もそれならとシベリアよりも短いチャイナランドブリッジについて調べていくことにした。

 新しいゼミ生の中に海外の鉄道貨物輸送に興味を持つ者がいた。とりあえず中国のことをレポートさせるということで自分の研究に利用である。これはスーパーの宅配というのにも応用した。まだ店舗で注文を受けて配送という形の段階で物流センターからというような形はできていなかった。

 物流学会では、シベリア鉄道の老朽化した施設を日本の支援で近代化していることや日本企業のロシア進出、特に自動車メーカーによる工場という話が興味深かった。発表したのは運輸企業の人でシベリアランドブリッジに早くから携わっていた人である。課題としてはチャイナランドブリッジとの競争とその人自身があげていたので、私の研究にも参考になった。

 交通学会のほうは翌年は私の母校で開催されることとなり、なんとしても報告をしようと意気込んだ。テーマはもちろん「チャイナランドブリッジ」である。航空券直接販売から四年ぶりの報告でもあり、教授への大事なステップでもあった。とりあえず十一月のオープンキャンパスの模擬授業ではシベリアランドブリッジとチャイナランドブリッジのことを取り上げた。もっとも高校生は住人くらいしか聴きに来なかった。保護者や教員は二十人くらいである。

 ゼミの二期生は十七人で、六人が運輸関係に進んだ。女子一人がD航空の客室乗務員に、あとはFエクスプレス・タクシー・バス・Y運輸にN社の警備輸送である。流通にも二人入ったし、警察官に採用された者も出た。とりあえず警察に入る者には大学のパンフレットに卒業生の声として出てもらうことを頼んだ。

 年が明けて峰岸が研究室を訪ねてきた。元同僚が来たのは始めてである。研究員からひとつ上がって研究主事となり、相変わらずいろんなテーマに関わっていた。大阪の鉄道コンテナ基地でヒアリングしたついでに立ち寄ったと彼は言っていた。研究室の長テーブルで紅茶を出した。関西で委員会を設置するようなことがあれば宜しくと言って帰っていった。

 

 

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橋の工事(5)

橋の工事
昨日は休みだったので・・・ 重機を使って古いのを撤去したようです ((・(ェ)・;))

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陽炎(39)

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 初めての卒業生を送り出す日が来た。一期生は178人でY証券の破綻などで不景気の中、就職率は九割というところである。私のゼミは一人が休学したため、15人が卒業した。四人が運輸関係で引越しのA社、Fエクスプレス、Y運輸、タクシー会社である。二人が私鉄の子会社の流通部門に入り、スーパーのDにも二人、食品のG社、消防士や市役所という者もいた。

 謝恩会は大阪駅から少し離れたホテルで行われ、記念撮影もした。ゼミとしての合宿もなく、三年生との交流を兼ねた忘年会程度だったのは自分の力不足かなと思った。四年生の就職先を見て流通関係に研究の対象を広げることを考え、インターネットを活用した買い物の動向を考えた。買った商品の自宅への輸送は結局、交通との関連で考えるところである。

 ゼミの選択も二年生の終わりからということになって希望者は25人に増えた。それは物流に限らず、交通全体をテーマにしてもよいこと、旅行業といった観光も対象にするということをアピールしたからである。実際、次の学年の中には旅行会社を考えているものもいた。問題はエアラインの航空券ネット販売のように手数料収入があてにできなくなりつつあるという状況への対応である。

 三年目の学務はクラブ・サークルから退いたが、就職はそのままで、広報という業務にかかわることとなった。大学のホームページは事務職員の仕事だが、パンフレット作成という部分で学部を代表する形で委員となった。二年目は大学紀要に投稿しなかったが、三年目はやっておこうと考え、研究所でかかわった廃棄物輸送、いわゆる静脈物流について取り上げようと思った。

 物流学会と交通学会は関西部会を行っていて物流は年四回、交通は年十回やっていた。これも若手の発表舞台という側面があって私は何か出してみようと思っていたが、院生の研究や施設見学会、実務家からの報告といったものが目白押しでなかなか入れる機会が得られなかった。実務家の話のほうが学究よりも興味深いというのも高いハードルである。

 六月には住居を堺市の上野芝駅近くに移した。通勤の距離は少し遠くなった感じになるが、天王寺・大阪と二つの主要ターミナルを通る経路は就職係としての企業訪問や学会の部会出席でも便利になった。こんな位置なら大阪南部の大学もいいのではないかと先輩教員から言われた。望めるなら母校でやりたいところだが、もぐりこむには運が必要だった。

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2019年1月13日 (日)

井田良ほか「よくわかる刑法」ミネルヴァ書房 

井田先生は中央大学 去年出たばかりで 240ページで本体2600円 

まず 総論で 構成要件 違法性 責任 未遂 共犯という具合に そして各論に入って個人に対する罪としては 殺人から詐欺へと 

社会 国家に対する罪としては ネットとわいせつ というのがマァ 

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観光列車 旅人

旅人
旅人
ドア付近だけですが こんなデザインが (≧∇≦)

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今宵も大河ドラマから

熊本が舞台の話で・・・ふうん 田原坂に近い あっ 去年のをひきずったのぉ で 嘉納治五郎さんって 熊本の第五高等学校の校長もされていたんですかぁ そして主人公は 最初 海軍兵学校に行きたかったけど 目の検査で 

今日から始まった 大相撲 横綱・大関がみんなそろったけど 三人の大関は黒星 横綱もキセノンがいきなり マイナスなこと言うのはやめましょね 

北九州市長選挙が告示 現職に新人二人が挑む形です 

今日もすっきりしない空模様でした が出ると気温はもう少し上がるはずなんだけど・・・

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大宰府の続き

大宰府の続き
大宰府の続き
絵馬は個人情報ということで・・・裏返し ((ノ)゚ω(ヾ))

帰りの二日市行きの電車は 特別塗装でした ……(ノ゚ο゚)ノミ(ノ _ _)ノ

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陽炎(38)

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 交通学会の出張は新婚旅行などで貯まったマイルを活用した。関西・シンガポール・ロンドンはA空輸ではないが、提携会社でも貯まるからである。もっとも研究所をやめてマイルを貯める機会はクレジットカード利用にとどまることとなった。ホテルはW大学にアクセスしやすい飯田橋を選んだ。

 金曜日の夕方まで普通に勤務してモノレールで伊丹の空港に行った。新幹線が直で行けず、南方で地下鉄と乗り換えが必要だった。後で精算するときは新幹線を利用したことにするが領収証の添付はここでは求められなかった。ホテルも専任講師の分として1万300円という内規になっていた。

 羽田から飯田橋までは京浜急行で品川、そこから神田まで乗って中央線に乗り換えた。東京駅の乗り換えは中央線のホームが高い位置に移されてからこちらがよいということになっていた。丸の内北口に面して建っていた旧国鉄本社ビルは解体が決まっていた。最後に公開された時に覗いた深井は「屋上へ出入りする部分が爆撃に備えてコンクリートが一メートルも重ねられていた」と言っていた。その話は彼からの電子メールで知った。研究所でも少しずつやり取りをメール化しつつあったが、使いこなすのは若手である。

 今回も自由論題で、会場は300人入れる教室だった。航空に対する関心の高さなんだろうなと思いながらアメリカの航空規制緩和で利用運送いわゆるフォワーダーが自社でも輸送するインテグレーターになるケースが出たこと。日本でもY社の例があり、乗り出す事業者が出る可能性があること。特に北九州空港が移転して二十四時間化すると福岡・佐賀・大分・山口などからの集荷の可能性が高いことを指摘した。

 コメンテーターは物流の研究者でもある先生で研究所での経験を交えた論説を評価してもらえた。質疑の中ではN社の航空貨物会社参入の可能性も訊かれたが、私の知る範囲ではないと答えた。あとの懇親会では北九州市役所の人と名刺交換もして新空港に関するシンポジウムに是非と頼まれた。

 十一月になって長男が生まれた。共同で出す著書も上梓され、早速次の年からのテキストに使用することにした。妻は育児のために休職という形になるが、できるだけ早く復帰ということも考えなければならなかった。住む場所もやはり堺市の北部エアを中心に考え直すということも決まった。

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大宰府天満宮にて

大宰府
大宰府
こんな注意書き あっ私の姿が ( ̄○ ̄;)!

本田前では ちっちゃな女の子を狙ったのではありません いるかどうかも気づかなかったんです m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン

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陽炎(37)

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 二年目の物流産業論は186人が受講届けを出した。ゼミには13人が入って付属校の出身が半数となっていた。学務のほうはクラブ・サークルに加えて就職も担当することとなった。就職相談室に週一回詰めるというところである。それは火曜日の昼休みから三時限目にかけてだった。学部時代に就職活動をしたことのない私には履歴書の書き方とか面接の受け方というのは未知といっても過言ではなかった。

 妻の妊娠がわかって出産は実家のある堺市かなという方向になった。とにかく十月には交通学会で「航空規制緩和と貨物航空会社」というテーマで発表することとなり、その準備も必要である。先輩教員からは「博士号」を取っておくのが重要ということもアドバイスされた。とりあえずは修士論文に加えて学会誌掲載論文四本で助教授の資格はできたが、昇進には専任講師三年という年限もあった。

 著書の校正も始まり、出版の予定は十月という方向が示された。来年度のテキストにするというのが至上命題である。研究室では作業がなかなか進まず、自宅で夜や休日にやるという状態だった。父を見て大学教員の仕事はよさそうと思ったものの、やってみるとイメージとは違うものだということを痛感した。博士論文のテーマをどうするのかは交通から少し守備範囲を広げないといけないとも思った。

 六月には付属の中学・高校で出前授業を行った。どちらも征服は紺の生地にファスナーという海軍士官のような格好だが、夏場は上着がなく、上は白のカッターシャツである。付属校の校舎はオレンジ色のタイルに覆われ、スポーツ施設が充実していた。中学・高校とは剣道・サッカーが強く、野球・ラグビーにも力を入れていた。

 八月にはオープンキャンパスが行われ、初めて体験ゼミを行うことになった。研究室ではなく、小教室で宅配便の話をしてみた。生活に身近なところから入るのがいいかなと思ったが、聞きに来たのは八人にとどまった。高校生の関心は食堂やスポーツ施設といったところが多いようである。

 物流学会は関西部会には出たものの、東京で行われる大会には出なかった。今年は交通に集中するということもあった。物流のほうでは理事の選挙が行われ、私の名が関西のほうに入れられた。研究所とかで組織的に投票された黒幕は奈良にいる先輩ということである。それはそれで責任を少しずつということと理解した。まだ三十歳そこそこの若造だが、この分野を将来支えていく一人なのである。

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下大利を出発

下大利を
下大利を
こちらも工事が進んでますねぇ (=゜ω゜)ノぃょぅ

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2019年1月12日 (土)

小畑史子「よくわかる労働法」ミネルヴァ書房

先日はブルジョワ そして こちらはプロレタリア 

小畑先生は京都大学 二年前に出たものでこれも法改正に伴ってます 220ページで本体価格が2800円 

労働基準法にはじまって 労働契約 就業規則 懲戒 人事 賃金 労働時間 そういえば 裁量労働はまだだなぁ 

男女平等 女性・年少者保護 育児に介護 労災 労働契約 非典型雇用 これも深刻な問題  労働組合 団体交渉 団体行動 不当労働行為 これは使用者側によるものですからね・・・ 労使紛争の解決

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まもなく下大利

まもなく
まもなく
ここも少し工事が進んだかな モジモジ(。_。*)))

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3連休の初日は

すっきりしない空模様でした 大宰府に行く時点ではが出ていたけど・・・

フランスによる 日本オリンピック協会会長の訴追 あちらは予審という制度があってそこでどう判断するのか ということらしい 

アメリカでは政府の一部閉鎖が三週間に突入 協和・民主ともに一歩もひかないチキンレースになってます 

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続きです

続きです
続きです
だいぶ進んでますな (o⌒∇⌒o)

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陽炎(36)

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 単位の認定という大学教員としてはもっとも気の重い職務はとりあえずゼミは全員「優」をつけるということでクリアした。もっとも一年で三人、二年で二人がゼミに出ず、他の授業にも出ていないということで「未履修」とせざるを得なかった。物流産業論でも小テストも本試験も受けなかった者は未履修、本来は落としている者が「可」で「優」は受講生の七割に与えた。

 大学入試センター試験の会場となって付属校および茨木市にある高校がO産業大学で受験した。私は教室の担当となったが、受験生の集中を乱さないようにとても気を使った。一年ごとに若手教員は教室・警備というローテーションだそうである。警備は門および廊下で廊下の場合はトイレへの付き添いという役目もあるが、女子の場合は女性の教職員ということが決まっていた。「男の場合、個室に入っていたら不自然な音がしないか聞き耳たてることになるかな」と先輩教員の一人が軽口をたたいていた

 共同の著書のほうは原稿を二月の末に編者の先生に出した。先生からはメールで「良好」という返事をもらった。海運については50ノットの貨物船に言及したが、実現の見込みは小さくなり、静岡県が防災用に実験船を引き受けただけである。コンテナの荷役も時間がかかる上に設備としては車両を積みおろしする「ロール・オン・ロール・オフ」の方式、速度も30ノットが適正というところに落ち着いていた。

 鉄道貨物もトラックを貨車に載せる「ピギーバック方式」が積載効率の点から立ち消えとなった。海上コンテナの輸送も期待はずれだった。日本の貨車のコンテナ積載スペースは長さ60フィートで、国鉄時代に作られた「五トン積みコンテナ」は長さ12フィート、一両に五個積めるという仕様である。これが以前の海上コンテナの主流である20フィートなら三顧、トラック事業者の好む30フィートて二個でちょうどよいが、海上コンテナの中心となりつつある40フィートが中途半端な存在となってしまった。

 航空貨物についてはボーイング777の胴長タイプがデビューした。747よりも胴体が3mも長くなり、貨物の積載量も旅客タイプで五割り増しというところである。さらに旧ソ連の軍用輸送機アントノフ124を活用した重量貨物輸送についても紹介した。この積載量は747の貨物用が100トンなのに対し、150トンあった。ただし、旧ソ連のエンジン技術の拙劣さから航続距離は短かった。

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今日は大宰府に

今日は大宰府に
今日は大宰府に
行きました 座席はいっぱいなので「特等席」に 高架工事区間に入るところで前方を移そうとしたら 反対側を 観光列車が Σ(゚д゚;)

でも写りがなんとも そして高架がだいぶできてきてます (o・ω・)ノ))

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陽炎(35)

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 物流学会では辛口のコメントとなってしまったが、指導教員が貨物専用の車両は考えないということで納めることになった。問題は新幹線の車両に宅配便スペースを設けることであるが、車両の仕様統一にこだわる東海は絶対認めないだろうと思った。300キロ走行できる「のぞみ」の車両は両端の形状から座席数が異なり、東海道区間から締め出したいというのが東海の本音のようだった。

 物流研究者で共同してテキストを執筆する話は学会以降に加速した。編集の中心は研究所の先輩でR経済大学の教授、私は鉄道貨物・航空貨物・海運を担当することとなった。自動車は神奈川にある大学の先生でこちらも研究所の先輩である。技術的なものや情報システムは研究所に残っている人が書くこととなった。

 物流学会は土日で、大阪には月曜の午後に戻った。午前中に研究所を半年ぶりに尋ねて季刊誌を二部購入し、定期購読を申し込んだ。深井は都内の私立大学で非常勤を始め、研究所では国際の専門家として歩みだし、峰岸はトラックを中心にしたテーマで飛び回っていた。

 S航空の新規参入では運送業のS社が貨物スペースを買い取るというニュースがあった。かつて宅配便のY社が国内航空貨物輸送に参入しようとしたが、結局J航空の手を借り、それも集荷が不振で立ち消えとなった。J航空の持つ貨物専用の747では供給力過剰なのだが、767の貨物専用では可能性が出てきた。A空輸が東アジアに飛ばそうとしているニュースも流れたが、国内では羽田と関西は近く、北九州が新しくなったらどうなのかというところである。

 そしてS航空に対してはまずJ航空が前後の時間帯の便の割引率を上げるという「対抗値下げ」に出てきた。これはA空輸、D航空も追随して乗客の減ったS航空がやむなく値上げすると既存の大手三社もそのレベルにまで上げるという展開だった。これに対して二年生ゼミで法学部の者が「独占禁止法の疑いがあるのでは」とレポートに書いた。

 二年目に向けてのシラバスも基本は同じだった。加えて中学・高校への出前授業も準備してほしいと教務から要請された。付属校が中心ではあるが、中学生には「モノを運ぶ仕事」高校生には「交通に関わる様々な問題」というテーマを提出した。付属校は茨木市にあって男子校だが、共学化の計画があった。

 

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2019年1月11日 (金)

永井和之「よくわかる会社法」ミネルヴァ書房

永井先生は中央大学の名誉教授です 四年前に出たものでその前の年の会社方改正を踏まえたもの・・・ 248ページで本体価格は2500円

総論 設立 株式 資金調達 機関 ここには役員の背責任とか株主代表訴訟とかアップトゥデート名問題が 

計算 持分会社・外国会社 会社の基礎的変更 企業再編 雑則 ビジネスマンには必須な知識なんだけど 大学生のときはこんなの全く 

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寒い一日でした・・・

日産事件の報復なのかわからないけど フランス司法当局が 東京オリンピック誘致で 賄賂を贈ったとして 日本オリンピック協会の竹田会長を訴追するそうで この問題一昨年もあったけど 蒸し返しですかな ( ゚д゚)ポカーン

Eurostarイギリスがヨーロッパ連合をどういう形で離脱するのか こちらも目が離せない状況です そうそう ビーバー総理はイギリスに行ってますけど ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

アメリカで起きた幼女殺害事件 児童ポルノ所持で収監中の男が 殺害を自供したとか どうも捜査線上には浮かんでいたらしい キョロ(・_・ )( ・_・)キョロ

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陽炎(34)

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 大学で年二回出される「紀要」への投稿もすることにした。研究所時代の「関西の航空貨物動向」の焼き直しである。大学では文章をパソコンのワードで作成することになった。物流学会で発表することは移ったばかりで控えるが関西部会で何らかの発表をすることも考えていた。それは交通学会も同様である。ただ、新しい生活も始まるので、慣れるのが先決だった。

 六月に挙式をして大阪市の住吉東というところに住むこととなった。通勤も南海電鉄の住吉東駅から天下茶屋で乗り換えて境筋線、そして淡路から阪急京都線というルートである。住居は賃貸のマンションで2DKだった。とりあえず夫婦二人で住むには適度なところかなと思った。

 新婚旅行は八月に入ってロンドンに行った。関西国際空港からシンガポールを経由してというルートでの往復である。一日目は昼前に出発して深夜に乗り継いで二日目の早朝にロンドン着、ロンドンのホテルには三泊して主要スポットを回った。インターシティを利用してエジンバラやリバプールに行くには少し日数が足りなかった。六日目の昼には帰国の途についてシンガポールで未明に乗り継ぎ、大阪には七日目の朝に戻った。

 出発前に物流学会から「新幹線を活用した貨物輸送」という研究のコメンテーターを依頼された。R経済大学の院生二人によるものだが、指導教員は古巣の出身ではなく、論稿を読んでみると非常に気になる点があった。新幹線を利用した宅配貨物のサービスは国鉄時代からあったが、いつの間にかなくなっていた。それを復活するという意図ならわかるのだが、専用列車を走らせようというところに疑問を感じた。

 航空貨物にも使われている品目として農水産品・化学工業品・軽工業品・金属機械工業品などが上げられているのだが、化学工業品の移出が多い山口県が有望という結論には開いた口がふさがらなかった。航空貨物の調査をして確かに山口県の貨物量は多いのだが、それは石油製品やセメントで、船で運ぶものだからである。

 物流学会は東京であり、交通学会は神戸であった。震災からの復興状況も見てもらおうということで神戸港の見学会もあった。会場は阪急六甲駅から歩いて坂を一キロ登るのだが、絶景に参加者は感嘆していた。次の交通学会はW大学で行われることが決まり、私は日本の新しいエアラインに貨物が入る可能性を論じようと思った。S航空は羽田と福岡を一日三往復で運航を始めたばかりである。

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陽炎(33)

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 O産業大学の新しい学部の建物は赤レンガの八階建てで、四階から上がゼミの小教室や教員の研究室があった。私の研究室は四階にあり、幅三メートル奥行き七メートルの空間である。窓からは淀川が見えた。両側の壁に本棚を置き、ドアの脇には洗面台、机と椅子は窓に向けておき、部屋の真ん中には長テーブルとパイプ椅子で簡単な応接が出来るようにしていた。研究所時代の大部屋から個室になって出世したような気分にはなるが、うっかり女子学生と二人きりになる事態には気をつけるようにと先輩教員から忠告された。

 一階には学部の事務室があり、教員の出勤簿やメールボックスはここにあった。教務や学生の係などは本館のほうにあって水曜の午後の教授会や各種委員会は本館にある会議室で行われた。私は学生係のクラブ・サークル担当を割り当てられた。体育科の先生が主務で、私は副務、それに学生係の職員が二人ついた。試合に伴う欠席届などに確認の印鑑を押すというのが主な役目である。O産業大学は野球・ラグビー・サッカーで関西の強豪のひとつとなっていた。

 物流産業論の受講生は185人、学部の定員は240人であるが、三年になったのは190人にとどまっていた。必修でないにも関わらず、航空・鉄道・海運の話は面白そうと尾も割れれたのかなと思った。二階にある大教室は250人の収容が可能だった。まずは研究所時代に関わったテーマの話から入った。福岡市からの委託調査で50ノットの貨物船というのが一番印象に残ったもの、そして阪神大震災のときのN社員の体験談調査というところである。

 三年生のゼミは最初は入れ替わり立ち代りで話を聞き、どこに所属するかということを決める形である。四階の小教室には述べ三十人が現れ、最終的には十七人が私のゼミに希望届けを出した。付属の高校出身者が四人で大阪府内の高校が六人、京都二人、奈良・兵庫・広島・愛知・香川から一人ずつだった。運動部も多く、野球三人、ラグビー二人、サッカー・テニス・剣道という具合である。

 一・二年生のゼミは他学部との交流というのが大学の方針で、法学部・国際学部との合同となった。それぞれ十五人ずつを引き受け、三つの学部が五人ずつというところである。とりあえず一年生には大学生活とレポートの指導、二年生には専門・さらに就職に向けての作文指導ということにして二年生にはワープロでレポートを作成するように推奨した。一年生の場合は手書きを認めて「十年後の自分」「生活の上で感じていること」を、二年生には「阪神大震災の体験」「卒業後の進路」というテーマを与えた。

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吉田稔ほか「ライフステージから学ぶ法学入門」ミネルヴァ書房

吉田先生は姫路独協大学です 五年前に出たやつで 280ページ 本体 2800円 

生まれてから死ぬまでにどんな法律が関わっているのかということを 

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2019年1月10日 (木)

今宵の原北は

180727_125814諸事情により見合せました (´・ω・`)ショボーン

レスリングで国民栄誉賞にも輝いた吉田選手が 引退を発表 東京には後輩が というところですかなぁ おつかれさまでした Σ(゚□゚(゚□゚*)

日曜から 大相撲の初場所が始まります キセノンは出場するということで どんな展開が待っているのだろう (*ノv`)

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陽炎(32)

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 3月は有給の消化も兼ねて授業の準備に取り組んだ。シラバスでは物流産業論は輸送だけでなく、流通加工や保管・荷役といった物流の要素、さらには国際や環境・労働といった様々な問題を取り扱うとしていた。著書として数人で共同して書くものも検討されていてR経済大学にも足を運んだ。

 引越しの荷物は家電製品と布団が最後に送り出すのだが、これはN社の引越し事業部を通して平井の支店に頼んだ。倉庫で一時保管してもらう形である。とりあえず、研究所からは大学宛に直接期日指定の炊く宅配便で出すことにし、夏物衣料とかも宅配便で自宅宛、自宅にある研究資料は大学に宅配便、冬物の医療は引っ越す日の物を残して前日に宅配便で出すという形だった。

 職場の送別会は研究室が三日前の昼食会という形、組合は一週間前、年度末の多忙ななかで恐縮だが、欠席の人は少なかった。私だけでなく、経営コンサルティング部からも大学に移る人がいた。役職は研究主さで組合の委員長もやっていた。行き先は名古屋にある私立大学である。

 三月三十一日は午前中に引越し業者に荷物を託し、不動産業者に鍵を返した。保証金などは銀行口座に戻す形なので、講座の解約は大阪の支店である。午後二時に最後の出勤をして管理部の人に社員証や健康保険証を返却した。定期券は十日分残っているが、記念に取っていてもいいと言われた。各部をさっとまわって別れのあいさつをし、午後四時に研究所を出た。顔なじみになった守衛室の人にも「大阪の大学に移る旨」を伝えた。

 東京駅を午後六時に出る「のぞみ」に乗り、車内で駅弁の夕食を済ませた。母校のある杉本町が「大阪市内」の最南端だが、天王寺で地下鉄御堂筋線に乗り換えた。実家は終点の中百舌鳥に近かった。家に着くと軽く乾杯をして翌日からの初出勤に備えた。地下鉄で梅田まで行き、阪急に乗るか、動物園前で境筋線に乗り換えて阪急とするかとりあえず定期券をどうするのかが考えどころである。毎日出勤しなくていいのなら回数券でもいいのだが、大学も次第に拘束時間が長くなっていると先輩から聞いていた。

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陽炎(31)

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 冬のボーナスの出た翌日に私は室長に「退職願」を手渡した。日付は三月三十一日である。室長も特に驚く様子はなく「鉄道貨物専門のシンクタンクを作る話があって二年ほど派遣して欲しいという話があったけど、辞退させてもらうことになるね」と言われた。そんな話があるのは初めて聞いた。詳細はもう関わりのない話なのであえて聞かなかった。

 退職願の話は一気に所内に広がってたが、峰岸や深井も「やっぱり」という反応である。深井も遠からずと見られていて国際物流に関する論文を出していた。所内に置いている報告書は大学の研究室に宅配便で送ることになるが、小岩の家の片付けも必要だった。とりあえず結婚式は移ってからの話であるし、どこに住むかというのも未定なので親の実家に仮住まいして大学に通うという形だった。

 職場での文書作成はF社のワープロからパソコンソフトのワードというソフトに切り替えが始まっていた。最初は上房システム部が平成八年からそれまで使っていた「一太郎」という日本語ワープロソフトから乗り換え、物流技術部も翌年に続いた。新年度から経済研究部と経営コンサルティング部もワードにシフトすることが宣言された。管理部はF社のままだが、それがいつまで続くのかわからなかった。経理の伝票も手書きからパソコン化することが情報システム部によって始められていた。

 正月の帰省では婚約者と住吉大社に初詣した。大阪市の南部ならば住んでもいいかなという話も出たし、六月に身内だけで挙式、二次会で互いの知人を招き、新婚旅行は大学が波休みに入る頃というように決めた。南海電鉄の高野線から天下茶屋で乗り換えて阪急へと通じるルートに変更するという案である。とりあえず大学には最初実家から通い、六月に結婚して新居からという申請をしないといけないなと結論づけた。

 北九州の仕事は福岡空港経由で行い、最後の記念に300キロで走る「のぞみ」で東京まで戻ることにした。四時間半あまりの旅は福岡に一度逆に戻ってから夕食をして飛行機に乗るのとそんなに大きく変わらないようなところである。三月になると新年度から導入される「目標チャレンジシート」なるものが配られたが、私は対象外となっていた。出張の精算も新年度からはホテルの宿泊費は領収書添付で役職に応じた金額との差額支払いはなくなるというシビアな環境になることとなった。有料テレビを使ったりするとそれも明細に入るので気をつけるようにとお達しがあった

 

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東日本大震災(3224)

 今日も冷え込みが・・・

大熊町 元日 最大値 8.63 最小値は0.12 

伊達 1月4日 最大値 0.50 今までの最小ではあるけど 

那須塩原 1月7日 市役所 0.08 

浪江 2万509人中 町内 631 3%で変わらず 県内 1万4276人 県外 6233人

福島県 1月9日 15時 福島市 0.13 郡山市 0.08 南相馬 0.07

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2019年1月 9日 (水)

今日も寒い一日

Img001でした 冬ですからねぇ (;´Д`A ```

日産のゴーン容疑者 裁判所で無実を主張したけど 拘留は続くことに 特捜部の先輩・後輩対決の様相となっております (-.-)zZ

子豚クンが北京を訪問 列車で・・・ 米朝会談の準備も進んでいるみたいだけど その前に親分を かな (・∀・)ニヤニヤ

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陽炎(30)

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 大学の件は研究所のOBに打ち明けようかと思ったが、やはり所内が先かなと思い直した。毎年のように学会で報告している私の行動は転身した先輩たちと同じ道を歩んでいるのはもう感づかれているかもしれなかった。R経済大学に二人移ったあとは、国際物流専門の人が定年で群馬県の大学に移った。

 帰宅すると郵便受けにO産業大学からの封筒が入っていた。シラバス(授業計画書)を作るようにという指示で、物流産業論と三年生のゼミに加えて一・二年生のゼミも担当することになっていた。参考までに他の先生のシラバスが同封されていたので、参考にすることとした。

 A空輸が毎月だしている学術誌の編集部から交通学会での発表を元に寄稿して欲しいという依頼もあった。研究所を退職する予定の三月に刊行されるものである。流通関係の雑誌が出しているコラム記事は十二月号で終了ということが告げられた。誰に引き継ごうかと思っていた私は半ばほっとした。

 北九州市の仕事で小倉に行って、委員会の会場のホテルで昼食をするとき、主任研究員に「大阪の大学に移る」という旨を打ち明けた。主任研究員はさほど驚いた様子もなく「じゃあ、関西の仕事で何かやれたら」と応じた。研究所の出身は奈良のほか神戸にもいた。

 主任研究員は委員会が終わると佐賀県に向かった。私は北九州空港から帰ることにして小倉から日豊線の下曽根まで各駅停車に乗り、駅からバスで空港にたどり着いた。MD87は相変わらずガラガラで左窓側に座った私の隣はいなかった。出発は午後五時半で売店で弁当を買って乗り込んだ。

 今度も内陸に向かっての離陸だった。旋回が始まると窓に顔を寄せた。八幡の製鉄所のあるエリアも目に入り、関門海峡の沿岸に沿って立ち並ぶ工場、海峡の向こうの下関、そして小倉の都心部が目に入った。委員会をやったホテルは小倉駅の北側にひときわ高くそびえるLホテルである。

 山を跳び越すと新門司のフェリーターミナルが目に入った。ここから神戸や泉大津、さらに徳島経由で東京とを結ぶフェリーが出ていた。新しく作られている空港の敷地は飛行機の真下になっているので見ることはできなかった。山口県の宇部空港も見え、狭いエリアで空港が林立するなと思った。

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2019年1月 8日 (火)

ブルー名一日で・・・

220pxflorence_2009__0952今日は記事書く気になれません m(_ _)m

平成になってちょうど三十年 まっ どんな時代が来るのやら・・・・・・

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愛宕神社から

愛宕神社から
愛宕神社から
眺めたものです 上は福岡タワーやドーム 下は愛宕浜の住宅地超しに博多湾と志賀島 (*^ω^*)ノ彡

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陽炎(29)

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 透き通った秋空が広がっている。英断地下鉄を降りた私はD大学まで一キロの道を歩いた。交通学会は土曜に自由論題、日曜が統一論題で、土曜の夜には懇親会があった。私の発表は自由論題で、コメンテーターは東京・福岡への新規参入を目指すS航空の社長である。

 社長のことはマスコミ報道で聞いていたが、エアラインに関してはまったく素人、ベンチャー企業の設立に関わっていたということだけが基礎知識である。300人乗りの767を万一福岡の市街地に墜落させてしまったらいったいどう謝罪するのかそんなことも考えながら会場へと歩いた。

 D大学のキャンパスは八階建てのビルが並び、都会型の大学という印象が強かった。建物の間には街路樹が植えられ、葉っぱが色づきかけていた。経済学部棟の大教室が発表の場だった。300人入れる教室はいっぱいで、緊張感がただよった。初対面の社長は四十代後半だが、見た目は三十代、そして「夢追い人」という印象を受けた。

 とりあえずは予稿をそのままに読み上げた。社長のコメントは「代理店へのキックバックのこともあり、直接販売を中心にしていきたい」ということだった。会場の質問は私よりも社長に対してが多く、「安全の対策」「運輸省との折衝」「貨物は?」というものもあった。最後の貨物は物流学会の人からで私もきにしていた。

 安全については中古の機材ではなく、最新型をリースで導入すること、運輸省の折衝でも安全が一番の問題で整備体制が課題であること、貨物に対してはYやSなど宅配便関係でスペース買いの話が出ているということがあげられた。最後に名刺の交換をして次の発表に移った。 

 懇親会ではいろいろな大学の教員だけでなく、エアラインの関係とも話すこととなった。エアラインで学術にも熱心なのはJ航空で、名詞も五人くらい交換した。すでにJ航空は航空券をインターネットでも購入できるようにしており、代理店との間ではその割合を高めないでほしてという要望を受けているとのことだった。

 北九州市の公立大学の先生とも話をした。十一月の委員会では路線の検討であるが、国内は東京・札幌・沖縄、国際はソウル、上海、香港、台北などが候補になるというところである。問題は機材で貨物専用の747が埋められるのかというところだが、旅客で747は難しいというところである。貨物専用の767は十分見込めるが、とにかくどんな貨物が有望かというのが重要だった。

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昨日は…

昨日は…
昨日は…
愛宕神社に行きました 駐車場がいっぱいで入るのに少し・・・ あとスクワットが撲滅されてました (TωT)ノ~~~ バイバイ

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2019年1月 7日 (月)

津田由美子ほか「現代ベルギー政治」ミネルヴァ書房

数人での共著です 津田先生は関西大学 去年五月に出て 282ページで本体価格が2800円 

連邦 国王 政党 柱状化って何だろ  ヨーロッパ連合との関係 言語と教育 文化 社会保障 移民 これはアップトゥデートな問題ですねぇ

環境・エネルギーではアンチ原発に 安楽死法というのもあるんだって  そして外交・安全保障で

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昭和最後の日から・・・

150105_125613ちょうど30年 今日は日差しも出て小春日和でした (◎´∀`)ノ

カープがフリーエージェントでジャイアンツに移籍した 丸 の人的補償に 長野 獲得 ところがこの記事を 広島県と長野県が合併するって 勘違いした人もいるんだって あのねぇ 島根だったら可能性あるんだけど 頭の検査してもらったらいかがかしらぁ (ノ∀`) アチャー

なにか他にもあったような気がするけど・・・ 忘れちまったよぉ (´・ω・`)ショボーン

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陽炎(28)

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 県庁での仕事が終わったのが午後三時過ぎである。地下鉄で空港に移動したのが午後四時で帰りの航空券はD航空が導入して間もない777の便を選んだ。夕食もあるということでエコノミーよりワンランク上の座席を2500円出して乗ることにした。一番高いのは4000円だが、さすがにヒラの研究員には見分不相応と感じた。日本で初めて国内線に三つのクラスが導入され、一番下のクラスでもすべてのシートにテレビがついたというのも宣伝文句である。

 二度目の777は白い機体に虹色の帯を巻きつけた塗装だった。エコノミーは窓側と通路に面した部分がほぼ埋まっていたが、私の乗るミドルクラスと一番上のクラスは窓側だけしか埋まっていなかった。前のシートの背につけられたモニターを見ながら安全のためのガイド、そして離陸滑走の画面を見た。

 南向きに離陸した777は暮れなずむ市街地の上でぐんぐん高度を上げた。空はだんだん暗くなり左旋回で見下ろした久留米の街はもう夜景である。おしぼりに軽い食事が配られ、私は窓の外に点々とちらばる明かりを見下ろしながら食べた。大阪と神戸の夜景も見ることができたが、もう依然と変わらないところまで回復していた。

 交通学会に出した「インターネット時代と航空券直接販売の将来」というプロポーザルが採用されたという通知が来た。代理店がどう対応すべきかということについては、結局ツアー商品を魅力的にするということでクリアした。N社からのテーマとしては創立70年を迎えたことで社史やホームページの製作が始まっていたが、これは関わりがなかった。社史は季刊誌の編集部が請負、ホームページは情報システム部の仕事である。ホームページでは宅配便の追跡機能をつけるということが求められた。伝票の十二桁の番号を入れて検索すると、受付た状態、輸送中、最寄の支店到着、配達中、到着済みという段階が表示されるのである。

 北九州の仕事では地元の公立大学の先生を委員長にして新空港に関する委員会が設置され、私は貨物部会に割り当てられた。七月に第一回、十一月に第二回、最終は三月である。北九州の仕事は最初こそ北九州空港を利用したが、以後は福岡空港経由で入ったり、大阪から新幹線で小倉へというような状況になっていた。

 

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審判の位置は

審判の
こんな感じ もう旗は完全に揚がってますが 見づらいかな 人( ̄ω ̄;) スマヌ

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陽炎(27)

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 研究所に入って五年目は神戸空港の建設が決まって関西の航空貨物がどうなるかというテーマが近畿運輸局が来た。たぶん伊丹・関西・神戸の三つの役割分担なのだろうと思った。私にとっては関西の仕事はありがたく、金曜や月曜ならば大阪に滞在するという手もあった。

 忘年会とかで恋人はいるのかというような話は出て、私は大阪との遠距離をしているとほのめかした。大学に移ることを打ち明けるタイミングは冬のボーナスのあと、就業規則でも三ヶ月前というようになっていた。四年目の三月には組合の総会の議長も引き受けたが、役員になるのは辞退したし、まだ諸先輩が委員長をやるところである。主任研究員は管理職になるが、研究員・研究主査までは組合員だった。

 北九州空港の仕事に加えて福岡県の仕事も加わった。これは東九州道と西九州道が物流に与える影響というものである。物流学会で発表した鉄道貨物は学会誌に掲載してもらうことができ、研究所の季刊誌には夏の号となった。こちらには岡山の伯備線から山陰を通り山口県の美祢線というルートも検討可能と記した。、美祢はかつて石灰石輸送で日本一だった時期があり、インフラとしては使えそうだが、単線でディーゼルというのが難点である。

 六月に大阪と福岡の仕事が連続した。実家に泊まって先方といつ結納を交わすのかという話をし、住む場所の候補は堺市の北部という方向にした。O産業大学は阪急京都線の南茨木に近く、地下鉄御堂筋と阪急乗り継ぎが第一候補である。福岡には山陽新幹線で移動した。世界最速の300キロ走行をする「のぞみ」は今までの車両と違って小型ジェット機に乗り込むような丸みを帯びた車体だった。

 阪神大震災から二年過ぎてまだ被災地に配慮して最高速度は今までの「のぞみ」と同じ270キロだったが、加古川を過ぎるあたりから加速して姫路城が見える手前で「ただいま300キロ」ですという案内が通路の端のドア上にある電光表示板に出た。背中をぐいぐい押されるような感覚は新鮮だった。

 300キロ走行は岡山を出たあと、広島と小倉の間は徳山の石油コンビナート付近の急カーブ以外、小倉と博多の間で行われた。地下鉄で福岡県庁に行って主任研究員と合流し、調査委託元の商工労働部と打ち合わせをした。こちらも二年越しのいう話になったが、次年度は誰に引き継ぐことになるかなと心の中で思った。

 

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胴を切った後は

胴を
胴を
左足を前に ちょっと光の加減でわかりづらいですよねぇ 切られたほうは腹を押さえながらも  下の画像の段階で審判の旗が動き始めてますヾ(;´Д`A

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そして…

そして…
そして…
相手の胴体に切り込んでいきます (o^ O^)シ彡☆

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またネット上で

また
また
面に対する技の解説画像を発見 左足をひいて相手の竹刀を受け止めているのわかりますかぁ ヾ(´ε`*)ゝ

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2019年1月 6日 (日)

清水一史他「東南アジア現代政治入門」ミネルヴァ書房

清水先生は九州大学 他には北九州市立や筑紫女学園など九州の・・・ 去年四月に出たもので 330ページ 本体価格は3000円 

インドネシア マレーシア フィリピン シンガポール タイ ベトナム ラオス カンボジア ミャンマー ブルネイ 東ティモール ASEANが取り上げられています 

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今宵は大河ドラマを・・・

つい引き込まれてました まっ 近い時代のことでもあるし 戦国時代や明治維新に比べて あまりフィクションにするのはできないかも ( ´艸`)プププ 

170411_104706新千歳は吹雪で欠航が続出 空港に滞留した帰省客がいっぱいになってます (。>0<。)

将棋では藤井七段が有名だけど 囲碁では なんと十歳でプロになった女の子が ついついテレビに見入った私 (/ー\*)

年が明けても収まらないフランスでの反政府デモ もはや破壊活動 テロのレベルですなぁ 天安門事件が コンコルド広場で起きるかどうか ヤレヤレ ┐(´(エ)`)┌クマッタネ

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陽炎(26)

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 物流学会は神奈川県にあるY市立大学で行われた。京浜急行にはあまり乗ることはないが、最初の室長はこれで通勤していた。とりあえず、運輸省の委託調査を参考にしたものだが、その文章は自分で書いたものなので「自作自演」と言ってもよかった。天竜浜名湖鉄道と岩徳線が非電化、赤穂線と呉線は電化されているものの単線、従って東海道・山陽並みの輸送力は期待薄であること、途中駅と最寄の高速道路インターチェンジのアクセスが鍵になるということに触れた。

 N社旅行事業部にはJ航空、A空輸、D航空に海外の主要エアラインのホームページと航空券予約の有無、定期航空協会や旅行業協会へのヒアリングをまとめた。おそらく、新しく参入しようとしているところも既存の会社との競争上、インターネットによる直接販売戦略を取る可能性が高いことも触れた。アメリカでは既存のメジャーがコンピュータ予約システムを整備して旅行代理店を囲い込み、新規の会社がシステムを利用する場合には高い手数料を取るにもかかわらず、画面表示では不利な扱いということが司法省から「独占禁止法違反」と指摘されていた。

 物流学会の次は交通学会に航空券直接販売で発表しようと考えた。そして物流学会で報告した鉄道貨物の迂回輸送については、さらに山陰周りや東京・札幌での常磐経由なども含めて取り上げてみたいと申し出た。季刊誌への寄稿を花道に大学転身という意図もあったが、掲載は翌年の春か夏というところだった。

 結婚に向けての話のほうは大阪に戻って関西空港にまで行き、仕事を続けてもいいこと、新居は互いの通勤に不便とならない場所、新婚旅行は海外ということを持ち出した。一緒になるとしたら私が大学に移ってからになるのも決めた。阪神大震災があって私は移動式の通信手段としてパーソナルハンディホンを使うようになった。携帯電話よりも割安で、これは彼女ももっていたので番号を交換した。

 下半期は北九州の仕事の他にトラック輸送に関する調査や羽田の国際化に関する調査に加わった。「トラフィック・オペレーションリサーチ」の研究会ではJ航空の新しい本社ビルを見学する機会を得た。国内・近距離国際・長距離国際の運航状況が一目瞭然でわかるパネルは興味深かった。たまたま峰岸が同行した。彼は帰り際に「トイレ行きたいから先に戻ってて」と言い、私は先に職場に戻った。彼はなかなか戻らず、夜になって温水洗浄便座に腰掛けたまま眠っていたのを警備員に起こされた。

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陽炎(25)

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 北九州の仕事は二年越しのテーマとなるので、私には大学に移るまでの最後のプメジェクトという形である。N社に提案した「航空券直接販売への対応」というテーマは採用が決まり、私がチームリーダー、それを一期下になる情報システム部の者がサブリーダーとして取り組むことになった。

 入社四年目となってリーダーを任されるケースはちょくちょく出ているが、同期では深井がおなじくN社国際事業部の「中国のコンテナ輸送」というテーマでリーダーとなった。彼は前年に上海からウルムチまでの鉄道沿線を訪ねる出張をしており、中国通として実績を積み始めていた。

 峰岸はリーダーこそないが、同期の中ではもっとも多くのテーマに関わっていた。それが残業と休日出勤の多さにもつながっているという問題はあったが 彼は新潟県からの依頼でシベリア鉄道の調査をすることとなった。七月下旬から八月上旬にかけ、ウラジオストック・ハバロフスク・イルクーツク・ノボシビルスク・モスクワと回った。鉄道マニアの彼にとってはうってつけの出張だが、ハバロフスク・イルクーツク以外は空路というのが少し不満なようだった。

 帰国した彼の土産写真は鉄道設備や街の様子であるが、物流技術部の専門家は「これでよく事故が起きないな」とコメントした。それは素人目にも貧弱・老朽化が明らかだった。それでも街で移したという五歳前後の女の子は「カバンに入れて連れ去りたくなるような」可愛さである これらの写真は季刊誌の海外トピックスで取り上げてもらうことが決まった。

 盆の帰省では見合いをした。相手は堺市役所に勤務していて私と同じ高校の二期下である。私は高校時代、考古学と鉄道研究を掛け持ちしていたが、彼女はブラスバンド部だった。大学はT学院大学で専門は英文だった。とりあえずは物流学会が終わったときにまた会うということにした。

 このころから交通の関係では航空業界の規制緩和が俎上に上っていた。割引運賃の制度が変わって最大で50%引きまで可能となった。ただし二ヶ月前までに予定を固めないと使えないので、ビジネス利用には向かなかった。一定の幅で運賃を自由に設定できる精度は、羽田・福岡で片道2万5350円のところが2万3000円から2万7400円というものになり、値下げの期待がもてないと指摘があった。これに対して1万3700円で運航するという目標を掲げて手を上げた会社が出てきた。

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2019年1月 5日 (土)

石井里枝・橋口勝利「日本経済史」ミネルヴァ書房

石井先生は国学院 橋口先生は関西大です 2017年4月に出て 352ページで 本体価格2800円 

第一章 江戸時代 第二章は幕末から明治維新 第三章が 松形財政や官有物払い下げ 鉄道の発展 第四章 日清・日露戦争 金本位制や条約改正も 

第五章 第一次世界大戦 第六章が 金融恐慌やモダンライフ の登場というコラムも 第七章は 満州事変に景気の回復 第八章が 大変酔う戦争 そして敗戦

第九章が 占領期 戦後の復興 第十章 高度成長 重化学工業化や流通革命も 第十一章 貿易摩擦にプラザ合意 第十二章 バブル崩壊とその後 

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新年になって

もう五日が過ぎようとしています 今日はすっきりしない空模様でした ┐(´д`)┌ヤレヤレ

Beijingroadアメリカに様々な分野で対抗している中国 月の裏側に史上初の着陸 まぁ これからも何かにつけて ((・(ェ)・;))

ビーバー総理は下関に 地元でも憲法改正と日露平和条約に 今年の夏には砂糖栄作 十一月には桂太郎の在任記録を抜ける予定ですが 果たして (・∀・)ニヤニヤ

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陽炎(24)

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 帰りは珍しく主任研究員と一緒だった。航空券は福岡・北九州ともに同じ値段で利用できるようになっていた。市役所ではできるだけ地元の空港を利用して欲しいということのようである。打ち合わせが終わったのは午後二時半で、北九州空港に向かう便の出発は午後五時半だった。夜間駐機して北九州からも朝出発できればというのが地元の希望でもあった。

 市役所からはタクシーで空港に向かった。支払いは主任研究員なので精算は行きのバスのみ、その値段の差は2000円くらいだが、新空港はずっと遠くなるのでタクシーでのアクセスは大変だなと思った。時間に余裕があるのでタクシーには都市高速を使わずに下を走ってもらった。

 主任研究員は研究室への手土産に小倉の菓子を買った。私は機内で夕食にするつもりで地元の「かしわ飯」という弁当とお茶を購入した。機内でも茶菓子が出るのだが、夕食もフライと中に済ましておこうと思った。チェックインでは二人別々の席で、私は右前方の窓側、主任研究員は後方の座席を選んだ。

 羽田からの到着が二十分ほど遅れたため、出発も午後六時近くとなった。離陸は内陸に向かっての形である。右手にそびえる山を避けるように飛び上がるとすぐに機首を左に向けた。眼下に広がる住宅地を眺めていると右浅海が始まって夕日を浴びる小倉の街が目に入った。競馬場や都市高速が目に入ったが、都心のほうは旋回のために見えなくなった。そして空港のそばにあった山を飛び越えて周防灘へ出た。

 機内は窓側が埋まっているものの、大半の席は空いていた。三列の通路寄りに座った私と同年代のスーツ姿の客がテーブルを引き出してコンビニ弁当を広げた。私も売店で買った「かしわ飯」を取り出した。そらの色が水色から群青色、そして紺色へと変わって行った。機内のサービスは小倉のお菓子とドリンクで、私はアップルジュースを頼んだ。

 着陸の前にはディズニーランドの花火が目に入った。今度はバスでターミナルビルまで移動となり、出口では機体に備えられたタラップで地上に降りた。これはDC9でもなく、初体験だった。乗客が少ないため、バスは一台だけ、とりあえず主任研究員とはモノレールも一緒に乗り、浜松町から別々になった。

 小岩の家に帰り着いたのは午後九時前だった。 交通学会の年俸が郵便受けに入っていて「イギリスの格安航空」も掲載されていた。これで修士を含めて査読を受けた論文は三本となり、あと二本書けば助教授昇進の要件は満たせるところになった。教授となるとさらに五本は必要である。

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陽炎(23)

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 初夏の日射しが羽田空港に降り注いでいる。D航空で北九州に向かう私はターミナル南側の一番端の一番搭乗口へ歩きながら駐機場を見ていた。四年目になって北九州市から新空港に向けた航空貨物調査が始まった。主任研究員とはまた別行動で、市役所ロビーで落ち合うという状況である。

 福岡空港ならばA空輸のフライトがあるが、北九州はD航空のみ、しかも朝と夕方に一往復ずつというダイヤだった。それでもこの路線にするのは実態を見ておくという現場第一主義からである。同じD航空でも福岡便はもう少しモノレール駅からの歩く距離が少なくてすんだが、バスに乗るよりもマシである。

 MD87というジェット機は鉄道貨物調査で札幌から青森に移動するときに乗ったDC9よりも少しだけ大きかった。私が今までに乗った中で一番小さいのがDC9で、これはその次である。胴体の後ろにエンジンが二つついているが、私の席は左翼より前の窓側だった。乗り込むと左は二人がけ、右は三人がけ、通路一本ということで圧迫感があった。

 離陸すると747とは比べ物にならない上昇力で、エレベーターのような感覚だった。横浜ベイブリッジを見下ろし、江ノ島を遠望し、富士山の火口を北側から覗くように飛んだ。大阪を過ぎると明石海峡に建設中の橋が見えた。岡山あたりからは瀬戸内海の上を飛ぶ幹事で、福岡に向かうコースよりは南である。

 周防灘が海面がどんどん迫り、海から陸地になって山をかすめるように飛んだ。これは福岡よりもスリリングかなと思ったが、小型機なのでそんなに恐怖は感じずにすんだ。宅地開発された丘を見下ろしながら右旋回し、都市高速をまたぐと左手にまた山が見えた。高度はだいぶ下がり、スクリーンがないけど、空港は目の前かなと思ったら着地した。

 到着口を出るとすぐ前にバスの停留所があった。これに乗って小倉駅に行き、駅前で食べるところを見つけて少し早めのランチをした。市役所は小倉駅から歩いて十五分泥土の場所なので歩いてアクセスした。午後一時に港湾空港局というところを訪ねて名刺を交換し、どんな調査をするかを打ち合わせた。

 今の空港は山に囲まれていることもあり、海上に新しい空港を作ること、完成すると南北4000mの人工島になるが、当面は747が入れる2500mで運用すること。どれだけの貨物を集められるのかということだった。福岡は内陸だが、新空港は海上なので二十四時間発着でき、深夜の貨物便の就航が可能だった。

 

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飛鳥Ⅱ みちのく・函館クルーズ

5月6日の午後五時に横浜出発 7日は常陸那珂 8日八戸 9日函館 夜景を見てから出発で 10日は一日の上 11日の朝九時に横浜に戻ります

函館までと函館からというのもあるけれど 全区間で26万円から131万円 シニア割引で20万8000円から104万8000円  

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2019年1月 4日 (金)

まずは熊本の地震から

151030_125307明るくなって 建物の被害などが明らかに・・・ ある神社の鳥居は三年前に壊れて 修復したと思ったらまた (ノ_-。)

まっ けが人一人で 人的被害は・・・ 心配なのは これが前ぶれなのかどうかです 専門家は三年前の地震が この付近の地下にいろいろと ヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

ビーバー総理が 四月一日に新しい年号を発表すると記者会見で・・・ ほかにはロシアとの平和条約とか憲法改正 衆参ダブルは考えてないとは言うけれど (||´Д`)o=3=3=3 ゴホゴホ

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陽炎(22)

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 関西国際空港は二度目である。前回は着陸してすぐにバスで和歌山に向かったのでターミナル内をじっくり見ていなかった。最終便のA空輸にチェックインして座席は右窓側にした。左はすでに埋まっていたのである。機種は導入されたばかりの777だった。ターミナルビル内の食堂街で夕食をするとセキュリティチェックを受けて搭乗口に向かった。

 777に乗り込むときにブリッジからエンジンを見た。747のそれと比べると直径が太く、小型の737の胴体並みのものである。これを四つつけたらさぞかし大きな機体が作れるだろうと思ったが、J航空が737を国内ローカル向けに導入するように「よく大きく」路線は見直しに入っていた。

 機内に入ると747のように二階席がない分、天井が高かったし、747の横十列のシートは三人がけの三列となっていたため、いくぶんユッタリ感があった。これで777に対する第一印象がアップした。シートに腰を下ろすとベルトを締め、イヤホーンのチャンネルをポップスに合わせた。

 乗客は窓側がすべて埋まったものの、間の席はガラ空きである。やはり伊丹のほうが都心に近いから関西の利用は振るわないのだろうと思った。離陸は北向きに行われ、連絡橋や湾岸の明かりが見る見るうちに下へ遠ざかった。777は左旋回を始めた。私は窓に顔を寄せて大阪から神戸に連なる夜景に視線を走らせた。震災から一年過ぎて光の勢いの差は少し縮まったように思えた。777のエンジン音は747に比べて甲高かった。左旋回が終わって東向きに飛ぶようになるとドリンクのサービスが始まった。

 震災のレポートは三月末に仕上がった。ヒアリングの文章化と平行して次のN社からの受託テーマとして私は「エアラインによる航空券直接販売の動向と対応策」という提案をしてみた。これは旅行事業部に対してである。航空券の代理店販売は手数料収入を得られるが、エアラインが直接販売しようとする流れが始まっていた。前年秋には秋葉原で新しいパソコンソフトの販売に伴うインターネットを見て、そういう流れが起きるのではないかと感じた。

 鉄道貨物の調査では東京・福岡の災害時の迂回ルートの案が示された。御殿場、天竜浜名湖、赤穂、呉、岩徳の五路線の代替能力の検討である。この研究はレポートを参考にして自分の意見を入れる形で物流学会に提案することにした。そしてメタノール自動車は九州で終了となったが、とりあえず関わった調査の一つとして新たにファイリングである。

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大阪万博のときの写真を

大阪
見つけました 左は五年前に亡くなった母 右に写っているのが 目玉の寺院 不気味だったなぁ (A;´・ω・)アセアセ

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陽炎(21)

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 大阪の夜景が窓の下に広がった。歳が明け二月に入って従業員および家族へのヒアリング実施となった。三宮のホテルの会議室を借りて午前に従業員六人、午後は家族四人に座談会形式で話しを聞くというものである。前日の夜に神戸入りするが、また午後六時に羽田を出るJ航空の747に乗った。

 伊丹の空港から歩いて阪急宝塚線の蛍池に向かい、十三で神戸線の特急に乗り換えた。やはり窓の外は真っ暗になっていてわからなかった。主任研究員は福岡から神戸に来て合流である。終わったあとは広島に向かうということだった。いろいろなテーマを抱えて年度末が近くなるとスケジュールの調整が大変である。

 従業員は神戸支店二人、神戸航空支店、宅配便の営業所、姫路支店、神戸海運支店からである。発生当時はみな自宅にいて勤務中という人はいなかった。姫路支店の人は神戸市内から通勤していて電車が止まったために出社できず、あとは避難所に行ったり、なんとか職場まで足を運んだというところである。避難所にいてボランティアをしていた人は「死んだのではないか」と思われた

 業務としては荷主との連絡、そして救援物資の輸送というところだった。避難所のボランティアでは余震で壊れそうな住宅から非難するのを拒む老人がいて「移動しないと死にますよ」「いやじゃ、わしはこの家と一緒に死ぬんじゃぁ」というのを身の回り品と一緒に連れ出したという話が印象に残った。

 災害によって通勤も徒歩で片道二時間というような状態になって「体力を普段からつけておくことが大事」という意見も出た。私自身は発生から三ヶ月たって秋葉原から小岩の家まで二つのルートを歩いてみたが、どちらも三時間かかった。勤務中なら帰宅、自宅にいるときは出社が問題である。

 昼食のあと家族の話を聞いた。全員専業主婦である。終わると主任研究員と二人で神戸支店にあいさつに行き、主任研究員は新神戸駅に私はポートアイランドから高速船で関空に向かうため別々にタクシーに乗った。とりあえず精算の差額はコラム記事の原稿料でまかなうことは可能である。

 ポートアイランドの道はデコボコだった。これが液状化の影響だと運転手は言った。桟橋について関西空港行きのジェットファイルに乗った。最高時速は80キロだが、客室の前にあるスピード表示は72で止まった。一時間で関西空港の桟橋に着くとバスでターミナルビルに移動である。

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日本の食文化 全六巻 吉川弘文館

去年十二月から刊行がはじまりました 平均250ページで 各巻 本体価格が2700円 

まず 食事と作法 そして 米と餅 麦・雑穀と芋 魚と肉 酒と調味料・保存食 菓子と果物 という具合です          

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2019年1月 3日 (木)

正月にいかなり

131102_115440_m熊本県の北部で午後六時過ぎに震度6の揺れが・・・福岡では震度2 吸収新幹線の博多と熊本 吸収道の柳川・熊本が通行止めに どんな被害が出ているのかはまだわかりません このあたり 別府湾から島原半島にかけての地溝帯の上でもあるのよね モヒャ━━((゜Д゜Uu))━━!!!!!!

ライオンズからメジャー移籍を目指していた菊池投手がシアトルマリナーズに入ることとなりました そういえばイチロー 現役復帰あるのかな (0゜・∀・)ワクワクテカテカ

今日は日差しも出て 気温も少しアップ そうそう ソーラー発電出力調整を実施したそうで (;´▽`A``

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陽炎(20)

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 朝になってホテルから見た景色は被災の状況をあらわにしていた。思った以上に多くの建物が被害を受けていてまだブルーシートに覆われているものや取り壊し中といったところである。ホテルを出て改めて阪急三宮駅を見たらホームの部分から上がなくなっているのが改めてわかった。

 ポートアイランドに向かう新交通システムで一駅行くと神戸支店だった。ここで二時間ほど支店長や総務課長と面談して当日の朝からの状況をつぶさに聞き取った。内容はテープで録音して改めて書き起こすということにしていた。発生が早朝で社員の多くが出社しておらず、職場まで来るのに苦労したこと、安否確認、高速道路で遭難したトラック、その後は支援物資のこと。本社と現場のギャップは話を聞いていて明らかだった。航空支店のことは本社でも聞いていたが、六甲アイランドにある倉庫で遺体の一時保管をしたというのも生々しかった。夏場ならば大変なところである。

 支店の周辺は歩道にひびか入ったりしていた。神戸市役所は四階部分が壊れていたが上が撤去される形となっていた。海側にある高層部は無事だった。ここの展望室に行くと海側の阪神高速道路は桁などの工事を行っているところである。ランチを市役所のそばの食堂で済ませるとタクシーで警送支店に向かった。

 こちらは技能系の職員と事務の係長が対応した。現金の輸送とか被災した文化財の救出といったのが業務、社員それぞれの生活では警備という性質から自警団を作って夜回りをしていたそうである。廃墟で若者がたむろして「うんこ座り」しているのが異様だったという話が印象的だった。

 話が終わったのは午後三時、そこからタクシーで三宮に向かうと主任研究員は神戸でもう一泊するということで私一人が東京に戻ることになった。空港まではバスではなく、阪神電車と阪急電車を乗り継ぐという形である。阪急の蛍池からは空港まで歩くことにした。ターミナルビルとはほんの目と鼻の先である。

 阪神電車に乗るのはタイガースが優勝したとき以来である。特急で地下から地上に上がると線路沿いは建物がかなり減った幹事である。クジラのジャンボから見た薄暗い街もこの風景を見たら納得できた。甲子園を過ぎるともう建物は昔のままとなり、やはりこの付近を境に被害の大小が分かれたのだと感じた。

 阪神梅田から阪急梅田、そしてターミナルビルに着いたのは午後五時、A空輸の便が出るのは七時で、とりあえずターミナルで夕食をした。あのクジラのジャンボは北海道に向かうときに羽田で見かけたが、震災で予定より二ヶ月遅れて「普通のA空輸塗装」に戻された。

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陽炎(19)

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 阪神大震災の調査では、まず本社の各部からの聞き取りで、すべての部署を回った。一方で、従業員へのアンケートについても広報部を通して神戸地区の支店から1000人を対象にするという通達を出してもらった。担当者名は私が一番前につけられた。とりあえず出張を伴うのは鉄道貨物のみで、大阪と福岡のヒアリングをいつやるのかが問題だった。

 本社内のヒアリングは十月中に片付いた。十一月の頭には鉄道貨物ので福岡に飛び、N社だけでなく、鉄道利用運送をしているF社とZ社にも行った。この調査は研究所の名詞ではなく、運輸省の外郭団体のメンバーという触れ込みである。札幌と八戸のときも同じだった。

 次に大阪の鉄道関係に行ったときは震災のこともあわせて尋ねた。その出張はチケットショップで手に入れた羽田・伊丹の格安チケットを使った。震災では大阪の宅配便や航空貨物の営業所にも行った。これで残すのは神戸および従業員で、出張から戻るとひたすらワープロ作業である。

  O産業大学から文部省に提出する資料の訂正が必要かどうかの案内が来た。夏の段階で出した資料は入社一・二年目までのものしかなかったが、山口県の航空貨物が上半期で終了し、交通学会での発表も終わったので追加した。こうした郵便物のやり取りは一般の社員のように独身寮だと発覚する恐れがあった。

 十二月に入って神戸支店・神戸警送支店のヒアリング調査を行うことが決まり、前日から泊まって一泊二日というスケジュールになった。警送とは現金や美術品などを扱う部署である。アンケートは配布が十一月で回収は十二月の半ば、そのあと誰にヒアリングするのかは内容を読んで決め、広報部を通して支店に協力依頼という流れである。

 震災以降、大阪に帰省はしても神戸に足を踏み入れるのは初めてだった。移動はまたチケットショップの航空券を使っての飛行である。行きはA空輸が満席でJ航空、あの事故と同じ十八時発の便である。伊丹に着くとリムジンバスで神戸・三宮に向かった。主任研究員は別の用件で大阪入りしていてWホテルで落ち合うこととなった。

 バスは阪神高速の倒壊現場も通ったが、外はよく見えなかった。半球三宮駅の電車が百貨店二階に入る独特の姿が消えてしまったのはわかってやはりないんだなと思った。ホテルまでの路地を歩くと震災の爪あとを感じた。壊れた壁、更地になってしまったところ、夜が明けたらどんな光景なのだろうと思った。

 

 

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東日本大震災(3223)

 かなり冷え込んでいます 三月までは何とか・・・

江戸川区 12月20日 清掃工場 0.09 

復興庁 避難 全国 5万3709(-579) 福島 1万64(+239) これって戻ってということかな 岩手 4154(-286) 宮城 2426(-176) 福島から他県 3万2880 東京 4705 大阪 797 福岡 584 

伊達 12月28日 最大値 0.61 

那須塩原 年末で更新なし 

山田町 広報誌では山田中の剣道部が18年ぶりに団体優勝 個人は準優勝 

東京電力 処理水に関する情報が 

福島県 12月28日 15時 これも年末年始は休みか・・・ 福島市 0.15 郡山市 0.08 南相馬は平常値で

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2019年1月 2日 (水)

寒い正月です

180129_120258_2今日も風がとっても冷たい一日でした そしてもう Uターンラッシュが 皆様くれぐれもお気をつけて (o・ω・)ノ))

原宿での自動車テロ 灯油を高圧洗浄機で散布して火をつけようとしていたとか そしてドイツでも 自動車テロ 今年も物騒なことが続発するんだろなぁ アブネ━━Σ(゚д゚;)━━!!

NHkが大河ドラマの宣伝を必死こいてます 「いだてん」 ところで ランナーの足イメージした回転 よく見ると 三本だけど 四本だったら ナチスのマークを連想しそうだなぁ ι(´Д`υ)アセアセ

リニアは 完全チケットレスを検討しているらしい まぁ そのころには現金ではなく 電子マネーが主流になっているでしょうし φ(・ω・ )メモメモ

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陽炎(18)

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 新たに始まった受託テーマは山口県から宇部空港の滑走路延長に伴う貨物施設というものだった。2000mを2500mにすると747の就航も可能になるのであるが、果たしてそれだけの需要があるのかが問題だった。広島と福岡にはさまれて、双方から山口は「草刈場」と見られていたのである

 航空のことを調べるために資料室にこもることが増えたので、季刊誌の編集長からA空輸の出した「航空ハンドブックQ&A100」の書評を頼まれた。原稿料の変わりにこの本だが、それもありがたかった。コラム記事では新しいボーイングの777という機種の導入についても取り上げた。

 777はエンジン二つながら747とそん色ない大きさのもので今後の主役となることが期待されている機体である 胴体のくびれを減らして747でLD3コンテナが三十個だったのを四十四個も詰めることを強調した。すでにアメリカのU航空が最初の機体を導入し、A空輸が続くということになっていた。

 六月には室長がイギリスとオランダに出張した。両国ともにN社が現地法人を開設していた。突然運輸省から「至急連絡がほしい」と電話があって、ロンドンのホテルを私が呼ぶことになったが、時差のことをまったく考えていなくて、午前二時のところにかけてしまった。This is London West. I’m calling from Tokyo,Japan.Please call Mr. Just a momento.あっ 運輸省の○さんから至急連絡ほしいと電話がありました わかった 

 とにかく中央省庁の人使いは荒く、鉄道貨物の調査もいろいろと要求があって土日も職場に行くことが多かった。震災で落ち込んだ九州と関西・中部・関東のコンテナ輸送も徐々に回復していたが、今後の教訓が何なのかは難しかった。しかし、来年の物流学会はこの経験から発表するネタがあるなと前向きに考えるようにした。

 十月の交通学会はとりあえず無事にクリアした。コメンテーターは大学と研究所の先輩である。二年後のEU内の完全自由化に向けてイギリス国内だけでなく、ヨーロッパ全体、いやイギリスだけでは限界があるという視点から今後も見ていくべきだとコメントされた。そして日本でも進められる航空の自由化にどんな影響があるのかも触れる必要ありと言われた。

 九月で山口県の仕事は終了し、N社からの受託として「阪神大震災における当社従業員の体験」というテーマに加わることとなった。リーダーは主任研究員だが、サブリーダーは私である。委託元は広報部だった。まずは本社の各部署、そして関西や神戸地区の支店、さらに被災地の従業員というパターンでのヒアリングである。従業員についてはまずアンケートだった。

 

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橋の工事(4)

橋の工事
正月休みでクレーン車はいません ずいぶん大掛かりなものが橋の下流側にセットされてますのぅ ∑(=゚ω゚=;)

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陽炎(17)

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 新しい年度が始まって経済研究部は三つの研究室に再編成された。私の室長は別の室長の元に入る形となった。研究部から二人がR経済大学に転身した。どちらも定年よりも前で、よくあるパターンだった。私もまた同じ道を歩みつつあるのだが、悟られないようにはしていた。もっとも学会発表に熱心という時点で疑われるのに十分だが

 私と峰岸・深井の後、研究部には新入社員がいなかった。物流技術部は毎年一人ずつ入ってきていた。ここは深川に技術試験場もあり、独自の採用ルートができていた。新しい室長は運輸省の外郭団体から帰ったばかりで、国際物流が専門だった。研究の幅を広げるにはうってつけではあった。

 福岡市のテーマはヒアリングを下に国内よりも国際という方向に仕上げたが、先方にはまだ国内へのこだわりがあるようで、最終的にまとめた報告書となったのは年度を越えて六月にまで食い込んだ。日本海航路は博多・直江津にフェリーがあるが、新潟を介して小樽という構想も提案した。

 鉄道貨物は東京から黒磯までの直流区間、黒磯から青森の交流用、青森と函館の青函トンネル専用機関車、そして函館と札幌のディーゼルの四種類の機関車を東京から函館まではひとつの機関車で結ぶという案を示した。それによって付け替え時間の節約をするのである。ディーゼルについては既に新型の開発が進んでいた。

 メタノールは新年度では九州地区について行うこととなった。とりあえずは吸収道に大分と長崎に分岐する区間の交通量のデータ集めからである。これは「道路交通センサス」という建設省のデータを使った。外郭団体の事務局長は福岡市の出身で、博多での委員会はテンションがあがりそうなところである。

 整備新幹線と貨物輸送で寄稿した交通専門誌には「日本における鉄道貨物」という論稿を新たに求められた。これは鉄道貨物の調査で得られた知識が役立つものである。そして調査のほうも新年度は東京・福岡の課題となった。四月に阪神大震災でとぎれた線路はようやくつながったが、万一の際の迂回ルートが新たな課題である。

 交通学会には「イギリスの格安航空」というテーマで発表したい旨を出した。それも十月の全国大会という大胆な挑戦である。物流学会のほうは専門誌に「イギリスの鉄道貨物」を掲載してもらえた。とにかく一年ごとに物流と交通で発表していくという体制で臨むつもりである。

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浜田幸絵「東京オリンピックの誕生」吉川弘文館

著者は昭和五十八年生まれで 島根大学の准教授なんだって 昨年十月に出ました 298ページで3800円

幻となった昭和十五年 で戦後の復活めざした 在米日系人や国際オリンピック委員会の動向などが 

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2019年1月 1日 (火)

今年も小倉で初稽古

Dsc_7550_convert_20140318064815でした いやぁ寒くて足が凍ってました ←をやっても足が動いてないのが一目瞭然 高校生だけでなく 小中学生も 中学生は推薦入試目指す者もいて さて 夏に会えますかな で 高1の男子一人に 胴抜かれました ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

南シナ海で いきなり台風一号が発生 こんなに早いのは観測史上初だって Σ(゚д゚;)

年越しイベントでは渋谷の騒動が心配されたけど 原宿では「自動車テロ」が 歩行者一人が重体だって 犯人は「死刑制度に報復」とかのたまっているけど・・・ 複数の死者が出ていたら 自分が (#`皿´)

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謹賀新年

が出ています 今日も例年通り小倉に行きます

イノシシをにするのは大変だけど がイノシシに戻るのは目茶簡単(謎)

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