ラスト昭和(10)
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敦は通学で利用しているK鉄道に入ることにした。N電鉄やAビール、F生命にも内定をもらったが、選んだのはここだった。F生命には吉野が入ることになった。二人とも西日本大会の後に大阪南支社にいる法学部の卒業生と個別に会い、大阪北支社で面接を受けた。八月二十日から敦は二泊三日で会社の研修施設で接待や施設の見学をしていた。
八月も終わりに近づいて大学のクラブが再開された。体はすっかりなまっていたが、十月の半ばに行われる四段審査と十一月の三商大が締めくくりとして大事だった。素振りはしていたが、面をかぶって稽古するのは一ヶ月ぶりである。夏休みで実家にまだいる者もいて参加者は三分の一程度だった。それでもコート二つしかない剣道場なのでちょうどよかった。残りの半分は柔道である。
基本のあと試合稽古になってようやく吉野が現れた。彼と顔を合わせるのは八月になって初めてである。彼は面もかぶらず剣道着までで素振りをしながら稽古を見学していた。三年生二人、二年生一人と五分程度の稽古をすると一年生の高校でも後輩だった者と竹刀を合わせた。四段を意識して面での勝負から入ったが、足の動きが鈍いなという感はぬぐえなかった。
「ラスト一本勝負」
敦はとんな技が来るかを見てみようと思った。前の三人にはいずれも出小手を打たれた。間合いと呼吸を計りながら剣先でタイミングをうかがっていると相手が剣先を沈めて間合いを詰めてきた。そこを面に乗ったら、相手の姿が視界から消えて、右わき腹から臍の左下にかけて両断された。すれ違ってきちんと構えたところで敦はうなづいた。
稽古の後、吉野と専門の食堂まで歩いた。教養の食堂は天井か低くて暗いのがどうしても好きになれなかった。夏休みのためか日替わりはなく、カツカレーを選んだ。普通のカレーは240円、カツカレーだと290円である。それでも足りなく思ったので、チョコレートのアイスクリームも買った。
「F生命はどんなだったの」
「東京まで新幹線で連れて行かれて東戸塚というところにある研修所に二泊した。ディズニーランドに行ったり、本社ビルも見せてもらったよ」
「ディズニーかぁ」
「会社がスポンサーになっているアトラクションだけは乗るようにした。三時間待ったけど」
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