陽炎(5)
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山口県庁での打ち合わせが終わったのは午後三時前、宇部空港に向かうバスが出るまでの空き時間には昔の県庁だった建物の「県政資料館」を覗いた。バスで宇部空港までは約四十分だった。小郡駅の新幹線口に寄ると対面通行の自動車専用道を走ってターミナルビルの前で降りた。ビルの前の駐車場は車がずらりと並び、車をここに置いて飛行機で出張というパターンも多いことが窺い知れた。
夕食はターミナルビルで済ませた。出張の際は仮払金をもらって精算する形で、今回は5万円を先にもらっていた。もう足が出ている状態であるが、カウンターで航空券を買ったのは採集の出る三十分前、主任研究員は飛び乗るが、私は最終便にして窓側の席を頼んだ。富士山は期待できないので、右の窓でもよしだった。
午後八時に離陸すると中秋の名月を見ることができた。着陸する前には東京ディズニーランドから打ち上げられる花火も目に入った。宇部との便はターミナルビルに直結ではなく、バス移動と「迫害」されていた。この路線は福岡のように三社の競合ではなく、A空輸だけ、機材も少し小さいボーイング767である。
タラップを降りてバスに乗り、ビルの真ん中まで運ばれた。歩く距離としてはビルの端よりはマシとも言えた。地下のモノレール駅に降り、空港の南側を回りこんで地上に出ると空港の明かりが見事だった。反対側は川をはさんで石油コンビナートになっていてこちらも昼の殺風景さが幻想的な明かりに変わっていた。
再び地下にもぐって天空橋、ここは横浜方面に向かう人なら京浜急行に乗り換えである。発車するとまた地上で整備場のエリアとなった。以前のモノレールとはようやく同じルートに重なった。湾岸のエリアを走って浜松町に着いたときには午後九時を大きく回っていた。それでも山手線は座ることもできなかった。
秋葉原で階段を上がって総武各駅停車に乗り換えてもやはり座ることはできなかった。東京がいかに人だらけなのか思い知らされた。福岡の地下鉄は昼間ならば楽々座ることができたし、大阪の阪和線もこの時間帯なら座ることは可能である。結局、小岩まで立ちっぱなし、夜十時に到着した。
冷蔵庫は空にしていたので、翌日の昼食として食パンと牛乳を買った。どちらもスーパーに比べると割高だが、仕方なかった。風呂はわかさずにシャワーで体を洗い、夜遅いが洗濯機を回して室内に下着を干した。翌日からは福岡・山口での打ち合わせを元に資料作成の開始である。
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