陽炎(12)
前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m
平成七年が明けた。鉄道貨物の調査はコンテナ流動状況、そして東京から札幌までのルートの様々な問題点洗い出しをワープロでまとめる作業、福岡市はヒアリングのアポイントメント、N社のテーマは全国の営業所からゴルフ・スキー宅配便の伝票を社内便で送ってもらい、発着と曜日のデータ作成を始めていた。長野・山形・北海道にあるスキー場へのヒアリングはチームリーダーがやり、私は千葉・埼玉・神奈川のゴルフ場を訪ねるということになった。
一月十三日の金曜日に羽田空港の貨物施設と整備場の見学会があって忙しい中だが、参加させてもらった。研究所とN本社の若手があわせて十五人、午後1時にマイクロバスで秋葉原の本社前を出発して首都高速経由で空港に行き、まずN社の羽田空港支店の入る新しいビルから空港を眺めた。これは沖合い展開の一環で作られている新しい埋め立てエリアの部分にあり、東京・横浜を結ぶ首都高速湾岸線をはさんでターミナルビルや完成塔を見ることができた。
まだ滑走路が出来ていない埋立地の先は東京湾である。色とりどりのコンテナを積んだ貨物船が大井埠頭に向かってゆっくり進んでいた。新型高速貨物船をいったいどこにつけるのかは問題だった。東京湾内ではなく、茨城県や静岡県のような外洋に面した港から陸送することが提案されていたが、それでは輸送コストが大きく跳ね上がった。これも博多から日本海ルートを推奨する最大の要因である。
次に空港内の貨物施設に向かった。コンテナの自動仕分け施設の手前ではコンテナ越しに政府専用機が見えた。村山総理が訪米から帰国したばかりでまだタラップがついた状態だった。私は持ってきた使い捨てカメラで機体を写し、さらに施設の写真も取り捲った。これらは資料に使えるはずだと思った。
整備場に移動するときはターミナルビルにつけられた飛行機の後ろをバスで走った。クジラの747がちょうど貨物の積み下ろしのために胴体の下のドアをあけているところだったので、これもカメラに収めた。747は1500キロ積めるLD3というタイプのコンテナを30個積めた。コンテナの一部は胴体の曲線に合うようにカットされた形である。
整備場ではA空輸の古いタイプの747が整備されているところを見た。新型に比べると二階席の部分が小さく、「男根」を思わせるのが特徴である。新型のコックピットはコンピュータ画面だが、旧式はアナログ計器が並びパイロット二人の後ろにはエンジンの計器をチェックする機関士も乗っているが、内部は見られなかった。
帰りは秋葉原まで戻ると夕方の渋滞が大変なので希望者は品川駅でとなったら全員が下車した。三連休も職場に出てワープロ作業をするつもりなので、小岩に直行し、スーパーの弊店にぎりぎり間に合った。
| 固定リンク
コメント