陽炎(3)
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初めての出張は広島だった。秋に移転する新しい広島空港の航空貨物に関連した施設整備のプロジェクトで、リーダーの主任研究員と七月の初めに広島県庁に出向いた。春のダイヤ改正で東京・博多を一時間に一本「のぞみ」が走り始めたが、移動は飛行機だった。主任研究員はスモーカーだが、私は吸わないので座席は別々となった。
禁煙席は前のほうで私はD航空のA300の左翼より少し前の窓際に座った。広島空港へは市内の上空を旋回して入るコースで、原爆ドームを上から見ることができた。降りると後ろの席にいた主任研究員が出てくるのを待った。県庁まではタクシー移動で十五分くらいだった。
ヒアリング調査で成田・伊丹・福岡の三空港の貨物施設にあるN社航空事業部の支店を回ることになり、まず成田に行った。行きは日暮里からスカイライナーを利用し、帰りはJRのエアポート快速で市川まで来て小岩の家に直行した。スカイライナーは運賃に特別料金がプラスだが、帰りは運賃のみである。
伊丹への出張旅費は新幹線利用で精算だが、実際は航空機を使った。新幹線のエコノミーきっぷとはなお差額があるが新大阪と空港のバス利用と日当で埋め合わせができた。日帰りの出張で私はA空輸、主任研究員はJALと別々に利用した。盆休みのときは新幹線エコノミーが使えず、東海道をゆっくり行けばいいと思って在来線乗り継ぎで戻った。
八月の終わりには広島周辺および福岡空港のヒアリングを行った。初めて「のぞみ」を利用したが、270キロでの横揺れはいつか大事故を起こすのではないかという予感がした。岡山で「こだま」に乗り換えて福山の衣料品販売のA商事を訊ね、それから広島に移動してまず一泊である。
宿泊費はヒラの研究員で一泊9400円だった。宿はそれより2000円くらい安く、差額は得する勘定である。運賃も精算は東京・福山、福山・広島だが、東京・博多を一括すれば特になるという「暗黙の了解」を駆使した。二日目はN社の広島支店、M食品、S商事でM自動車の関係と回り、夜は研究所のOBで大学教員に転身した人を交えての夕食となった。
三日目はスポーツ用品メーカーのあと、芸備線の急行「ちどり」を利用して三次に行き、電子メーカーを訊ねた。急行券は旅費精算のためということにして手元に残すと新幹線で博多に移動し、翌日の午前に空港でヒアリング、午後、主任研究員は福岡支店の知り合いに会うということで私一人でA空輸のジャンボに乗った。
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