白い闇(28)
前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m
再訪問の翌年には国際交流の一環でまたB国にいけることとなった。今度は南西部の炭鉱地帯である。Lシティへ飛んで夕方に到着するとプロペラ機に乗り換えた。首都からは約400キロ、鉄道では480キロ、空港では二時間の待ち合わせ、72人乗りで、白い胴体に窓は赤いライン、垂直尾翼は赤というデザインはそのままである。
雲が低く垂れ込めメタ天気のため、離陸から着陸まで窓の外は白い闇のまま、着陸時には外は薄暗くなっていた。どんなところなのかよくわからないが、大戦時には空軍の基地、その後はずっとプロペラ機が首都と一日数往復というひっそりした場所だった。周辺は丘陵地帯であ。
迎えの大学職員の車でキャンパスまでは十五分だった。外はすっかり暗くなり、ドミトリーの一室に案内され、食堂で夕食をするとすぐにベッドに横になった。、市の中心は大学から車で五分ほど、そこから五分くらいで王室の離宮もある古い市街、そこから1500m歩くとこの国の最南端と最西端を兼ねた岬である。
翌日は大学の近くの炭鉱を見学し、市役所を尋ねたり、学生との交流会に顔を出した。炭鉱は細々と石炭を掘り出していたが、かつては海外にも輸出するほどの良質な石炭を出していた。特に新たな産業もなく、地理的にも観光には不便で、離宮も前国王はよく冬を過ごしたが、今の国王はLシティからO城に行くことはあってもこちらには来ないというのが市長の嘆きだった。石炭積み出しの港でもあったところは大学から車で二十分、ここには沿岸警備の小型船があるだけである。
滞在は二泊で、最終日には離宮のある旧市街まで車で送ってもらった。行き止まり式の駅がある木造平屋の駅舎の正面にはこじんまりしたスーパー、その横には警察官の詰め所、かつては城壁内に出入りする門番のいるようなところだった。海に面した城壁に沿って坂を上るが片側が海で砲台の跡のようなものもあり、山側には住宅が並んでいた。駅のあるところは海から五メートルくらい、壁の高さは五メートル、離宮は海抜が十五メートルあるかどうかだった。
町全体はオレンジ色の屋根に統一され、外壁は石、離宮は二階建てで石造り、広場からは岬に通じる道もあるが、岬までは行かず、離宮の公開スペースを除いた。軽食も提供されるのでランチはここで海を見ながら済ませた。観光といえるものはこれだけなのかなという感じである。
| 固定リンク
コメント