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2018年11月25日 (日)

白い闇(30)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 S港駅は客船が海外との行き来の手段だった時代、B国の玄関口であった。今もF国へわたる夜間のフェリーが発着し、クルーズ船も寄港した。駅舎は石造りの三階建ててホームは二本、行き止まり式になっていた。こちらもホームの間のレールが撤去され、かつて貨物の積み下ろしをしていたであろう部分は駐車場になっていた。

 駅舎から数十メートル先が船のターミナルで、深夜にF国に向けて出港する一万トンクラスのフェリーが桟橋に横付けされていた。麻になると無効から渡ってきた船が着いて丸一日停泊し、メンテナンスを受けている状況である。Lシティとここを結ぶ列車は急行はなく、首都近くでは快速という列車ばかりである。それで三時間だった。客船時代は急行があって二時間くらいだったそうである。

 コンテナ貨物列車はS駅の手前一キロで東に分岐して、フェリー桟橋の東に広がるコンテナヤードへと入った。こちらの岸壁にはキリンのような形をしたクレーンが並び、列車からおろされたコンテナが船へと積み替えられた。ここも観光地としては魅力が薄く、さらに東に五十キロほど行った白亜の断崖か北に80キロの古代遺跡くらいがクルーズ船からの観光だそうである。

 次の目的地はF国と海底トンネルおよびフェリーでつながれるN市である。海岸沿いに東へ200キロ近い移動となるが、鉄道の路線は廃止されて長距離バスでの移動だった。S港駅の前から一日に六便で所要時間は四時間、高床式の五十人乗りでトイレもついた観光バスタイプの車両だった。黄色に赤のラインがあって、床下には郵便物を入れるスペースも設置されていた。途中の街の郵便局前に停留所があってそこで積み下ろしをするそうである。

 バスはコンテナターミナルの脇を通り、片側二車線の道路を東にひた走った。道路に並行するようにかつての線路跡があり、見た感じは単線である。その駅の跡は小さな集落だった。車窓は牧草地が連なり、白亜の断崖を過ぎるとLシティのそばを流れる川の河口だった。昼過ぎに出発したバスは夕方にN駅前に到着した。ここはLシティから150キロでやはりフェリーの桟橋の目と鼻の先に駅舎があった。

 宿は駅近くのベッドと朝食のみの民泊である。もともちはホテルでF国と行き来する人の往来の名残だった。四階建ての石造りの建物の三階で海の見える部屋だった。眼下にはN駅のホームがあり、ここも一本だけのホームに二本の列車が入る形、やはりレールの撤去された跡もあった。

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