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2018年11月 8日 (木)

十六歳・七転八倒(6)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 9月には体育大会が実施された。体育部紹介で剣道部は三年生が試合用の胴を着けて運動部紹介に臨んだ。晋一はY大学の医学部を目指すが、私立は受けず、防衛医科大に挑戦することを決めた。重岡・松井・品川はY大学を軸に県内の大学を目指すそうである。二学期に入ってすぐに国語・数学・外国語の実力テストが行われたが、清二の成績は238人中145番とY大を目指すには心もとない状態が続いていた。

 10月のはじめには部内での試合が行われた。生徒会長として活動する志村は基本稽古に入るものの、冬の新人戦には出ないことを決めていた。ただし秋の市民大会にはエントリーすることになった。清二の成績は振るわなかった。村井には面で一本勝ちしたものの、広中、白川とは互いに有効なしで引き分け、野村には小手から胴に変化する業で先行を許し、払い小手でかろうじて引き分けに持ち込めた。

 二年生との戦いでも岡野に初めて面返し胴を奪われた。小手を抜いた面で追いついたが、岡野が小手・胴の連続で来たら危なかった。末次には合い面で一本勝ちすることができたが、杉原には互いに一本もない状態での引き分け。山田には出小手と引き胴をブロックされてからの追い込み面で敗れた。

 二学期の中間テストは十月の半ばに行われた。数学が赤点ぎりぎりの状態、社会科が比較的点数が取れて順位は137番まで上げた。一年生の中では白川が30番、村井・野村が70番台、広中80番台というところである。

 10月最後の日曜には秋の市民大会が行われた。今度は小学五年の部と中学三年の男子のコートで記録係だった。小学五年は75人、中学三年男子は20人がエントリーしていた。

 中学三年の部には中高一貫の形のN学園が半数、そして推薦入試を目指す者が半分というところである。付属中からは三人がエントリーした。決勝戦にはN学園の者と付属中の世良が残った。互いに面一本ずつで延長となり、世良が小手を決めて優勝した。中学に入った頃はそれほど目立たない選手だったが、成長振りは一番だと清二は認めていた。

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