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2018年11月 6日 (火)

十六歳・七転八倒(4)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 新しい体制はキャプテンが山田、副キャプテン杉原 幹事が末次となった。志村は生徒会長に立候補して当選し、活動の中心は生徒会である。初心者の女子は七夕から面をかぶるようになった。

 一学期の期末考査は体育の点数もあって順位は160番まで上がったが、今のままではY大学を目指すのは難しいと学業にも力を入れるように促された。校訓が「文武両道」となっていることもあり、夏休み期間も最初の一週間は午前中に補講が行われた。

 玉竜旗やインターハイの時期は一年で最も暑い中である。どちらとも縁のないY高校はひたすら基本に励んだ。八月に入ると中学生の練成が高校の体育館で行われ、母校やN学園の一・二年生に胸を貸した。中学から始めたばかりの者も面を着けるようになっていて、それは足運びのぎこちなさですぐにわかった。

 盆休みの直前には帰省した大学生もやって来た。難関大学のゼッケンもいて、本当に文武両道だなと思いながら清二たちは掛かり恵子をつけてもらった。盆が終わると女子の二年生ひとりがアメリカへの海外研修に参加した。十日間の日程でボストン・ニューヨーク・ワシントンを回るものである。

 前の年のアメリカ研修は文化祭で発表された。アメリカ国内の移動は列車で小さな女の子を連れた家族連れの写真に見入ってしまった。ボストンはハーバードにマサチューセッツ工科大、ニューヨークの国連本部や自由の女神、ワシントンはスミソニアンの博物館・ホワイトハウス・リンカーン祈念堂などである。

 八月下旬になって県内のA大学主催の試合に参加した。これが新チームとしてのデビュー戦である。女子は七人のうち一人がアメリカということで、三人の二チーム、男子は志村も参加して十人を二チームに分けて臨むこととなった。団体戦は三校でリーグ戦をやり、一チームが決勝トーナメントに進むという形である。

 清二はAチームの先鋒に指名された。後ろには弘中・白川・杉原・山田。Bチームは村井・野村・志村・岡野・末次という編成である。

 A大学までは高速道路を使って一時間だった。卒業した女子が二人、ここに在籍していてその関係で招待を受けた。後者は赤レンガのきれいな建物だが、体育館はかなり古く、手洗いも洋式ひとつに和式が二つ、しかし清二は和式を選んだ。

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