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2016年7月10日 (日)

帰郷

「下り坂」の一期上の人をちょっとだけ・・・

 夏は盛りを過ぎたとはいえ、大気は燃えるように暑かった。タクシーを降りた尚樹は自分と長男の件道具をトランクから出した。国土交通省に勤務する尚樹は盆休み明けの次の週末に故郷の下関に戻り、小倉にある母校のN中学を訪ねた。創立四年目のN中に入った尚樹は鹿児島のL高校に逃亡した。上学生のときから続けていた剣道は、中学、高校、そしてT大学でも続け、昭和六十三年に入った運輸省でも続けた。三段までは行ったが、社会人になってからは商談審査は受けてなかった。

 阪神大震災が起きる二ヶ月前に生まれた長男は小学校に入ってから同情に通わせた。二つ下の弟も一緒に入門して「兄よりも弟のほうが強い」と言われる状態である。長男は剣道も学業もよいS学園に入った。夏休みには海外語学研修に参加することも可能だが、それには参加せずに剣道部の活動に専念していた。弟は日本武道館での全国練成大会に出てベスト十六に入った。

 卒業してから母校を訪ねたのは、大学一年のとき、男女共学になった平成十一年である。その年に初めて全国大会出場を果たしたが、尚樹たちの時代は相手がN中だとわかると「ラッキー♪♪♪」という状態だった。三年生は引退してしまったが、新人戦の時には県大会で優勝し、夏の大会は惜しくも次点に泣いた。新しいチームになって盆があけてすぐの十七日の昇段審査では全員が初段に合格したそうである。これも尚樹たちの時代では考えにくかった。

 二階の職員室に立ち寄ったが、今もいる先生は体育のO先生だけである。一期下のOが夏休み前に来たことも知らされた。A空輸にいる彼は研究所に出向し、航空関係の論文を書いていることは尚樹も把握していた。武道場は四階建ての校舎の一番上に増築された。それは尚樹が三年生になったときである。

 長男は防具置き場で、尚樹は教官室で着替えた。防具置き場が通常の着替え場所であるが、共学化されてから女子用のスペースが設けられた。尚樹のゼッケンは「運輸省」で長男はS学園、尚樹はワインカラーの胴に家紋を入れたものだが、長男は小学校時代から使っているメタリックの胴である。初段の審査は十月だが、そのときもこれで押し通そうということにしていた。

 二年生が前で一年生は後ろ左から男そして女子という並び方だった。新キャプテンの前には引退した三年生が三人だけ座った。Uの双子で、一番上は前に訪ねたときに主力メンバーだったし、一年生にも末っ子がいてこの四人で一番強いのは末っ子だそうである。長男は二年女子の次の位置に座った。

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