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2016年6月11日 (土)

下り坂(196)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 五月の第三日曜日はK高同窓会の総会である。卒業から十四年の期が当番幹事という状況は続いていた。総会で毎年出される冊子の広告にはS航空も入っていて哲也も執行役員(高37)で入っていた。実は六月の株主総会で取締役という内示があり、総務・広報担当という予定である。

 総会の前に哲也より五期上で落語の真打となった人の演目が講堂で行われた。五年前東京都知事が政治資金で問題になったとき、大学で国際政治のゼミにいたという県議会議員が「M先生は今も恩師だと思っています・・・・・・・・・・・・・・・・反面教師として」と総会で挨拶し、会場は大爆笑、「おあとがよろしいようで」で大喝采となったのがインターネットに登校されて話題となったこともあった。

 演目を一番後ろの席で聞こうと思ったら「大」に行きたくなった。手洗いは昔と変わらず、二つある個室のひとつは「故障」と表示されていた。もうひとつは使用中である。ボタッという重々しい水音がして紙を引きちぎる音がした。出てきたのはグランドで紅白試合を疲労していたラグビー部の生徒だった。ドアが開いて出てきたの入れ替わりに入るとビールの500mm缶のような塊が流れることができずに残っていた。

 そのまま残して大きさを比べるためにそのまましゃがみこんだが、量は比べ物にならなかった。タンカーとカーフェリーというくらいの違いである。とりあえず流れるかどうか、詰まったりしないか確かめた。古い建物は講堂・記念館のみで、あとは体育館にも「和室」が残っているが、後は全て「洋室」に変わった。

 演目を聞く気が失せて哲也は外に出た。ラグビーの試合はまだ続いていた。グランドの奥では野球が行われていた。春の選抜では21世紀枠に毎年ノミネートされながらいつも外れていた。たぶん、自分が生きているうちはないかもしれないなと思った。

 総会が行われるのは体育館である。二階のアリーナにはマットが敷かれ、テーブルと椅子が並べられていた。といっても椅子は還暦以上のところで哲也たちはまだ立食である。同期は8人だった。女性は一人で、二期上の先輩と結婚。市役所勤務、自営業が三人、別の高校の教員と歯科医師だった。

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