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2016年5月 9日 (月)

Our generation(62)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 小学校の体育館で、火・木・土の夜に稽古している少年剣道教室に子供二人を入門させた。大人の部もあって子供の時間のあとである。もっとも平日はやはり無理だった。妻も稽古を再開して一年たって四月に行われた福岡市の女子大会に出た。娘も試合でビューしていきなり三位という好成績で皆を驚かせた。

 ヒロはといえば、復帰して半年で区の大会の三十歳以上の部に出てみたが、一回戦で刑務官と当たって会い面勝負で負けた。三十歳以下では剣道教室のOBのQ大に通う者が優勝した。彼は高校は六本松のすぐ北にあるO高校だった。ここは全日本で最年少優勝を果たしたT六段の母校である。今も福岡では一・二を争う剣道の名門で、さすがに部には入れなかったが、剣道教室で続けて高校一年の冬に三段、大学一年の冬には四段にたどり着いた。

 その審査の前に模擬審査としてヒロは立ち会った。最初の面攻撃を胴に返したものの、あとの合い面勝負では押されていた。ふたを開けると彼は合格で、ヒロは実技でまたしても五段はお預けになった。今度は妻が四段に挑戦するということで形のみ合わせたが、夏の審査は会社が主催する少年剣道大会の裏方という名目で見送りにした。

 長男は四年生になって試合で先鋒を務める機会が増えた。三年生の区の大会では個人で八位入賞、四月には室見川の近いで行われる「しろうお杯」というので出て、一回戦は面と小手で勝ち、二回戦は引き胴二本で勝ったがチームは負けた。五月の護国神社奉納試合は芝生の上で屋外試合という珍しい形で、雨のため中止、六月には全国大会を目指した大会に出たが、強豪のJ館に面と胴をあっという間に取られ、チームは全員が0対2で敗れる屈辱を味わった。

 八月には試合が二つ、玉竜旗のジュニア版とJR大会である。玉竜では北九州のK道場に当たった。先鋒は面紐の後ろからポニーテールの髪が出ていて。女子だとわかった。そして大将が同じ苗字ということで兄・妹の組み合わせだった。長男は攻めあぐねて、終了間際に面返し胴で一本負け、そのあと三人が0対2で敗れた。大将は意地で引き胴を一本入れたが、もう一本取ろうとして出小手を浴びて引き分けた。

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