« 博多駅を | トップページ | これも »

2016年5月 2日 (月)

Our generation(55)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 長崎の次は本社の鉄道事業本部である。営業企画課の係長を拝命した。長崎を離任する前に娘が生まれた。新しい住居は南福岡駅に接した賃貸マンションである。部屋は駅に面した側で、下を行きかう電車や駅横にある車両基地を6階から見下ろす毎日である。通勤はもちろん電車で博多駅に出た。

 長崎新幹線の「フリーゲージ」開発は見通しが立たず、地元の苛立ちは募っていた。博多・長崎の割引切符の売れ行きも頭打ちである。東京・名古屋のリニアモーターカーも開業が一年程度遅れると発表された。名古屋でリニアに乗り継ぐ東京往復割引切符の実現も延期である。

 福岡に戻って剣道部の連絡係をおおせつかった。剣道部長は人事部長が兼任していた。八月下旬に行われる少年剣道大会の主催が主要任務で、連盟や参加するチームとの連絡も社用ということとなった。この大会はグループ他社もやっており、東日本だと日本武道館を使用した。

 平成元年に始まった大会は37回目を迎えた。最初は福岡から鹿児島まで150チームほど参加していたが、ヒロが出たときには100チーム、今回は80チームそこそこである。福岡周辺が四割で、鹿児島や宮崎となると数えるほどになっていた。案内状を出す件数もそれに連れて減ってしまった。

 会場は福岡空港の東にある丘の体育館である。長年会場として使われていたQ電力の体育館は取り壊され、ここが様々な大会の会場となった。八月にはここで六・七段の審査会も催されるが、ヒロは二月に挑戦した五段でも涙を飲み、八月初めはこの大会準備で多忙を理由に見送った。もっとも夏はあまりに暑くて・・・というのが本当の理由である。

 娘は妻の両親に預けて妻と長男にも会場に来てもらった。長男に生の大会を見せることで少しずつこの世界に引き込もうという戦略である。ヒロは自宅から歩いて五分の場所にある小学校で稽古している団体に加わった。ここは火曜・木曜・土曜の夜にやっていて、もちろんやれるのは土曜だけである。

  会場での設営は若手社員が行い、ヒロは連盟の先生や審判の間を駆け回った。妻や長男とは別行動である。開会式の前に出くわしたら、長男が「ウンチしたい」と言い出した。妻に女子トイレでさせるかどうするかで結局ヒロが男子トイレに連れて行く羽目になった。トイレはまだ和式が半分残っていて様式はふさがっていた。

|

« 博多駅を | トップページ | これも »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 博多駅を | トップページ | これも »