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2016年4月23日 (土)

日比谷百景(26)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 その新人を剣道部に引き込んだのが、副長に昇進して契約部に戻った小沢である。熊本支社に出た彼は年上に捕まってしまった。そして契約部では再び決定グループである。熊本支社でも現地の剣道連盟と接触があり、国体や天皇杯の予選にも参加していた。契約部に戻ったとき、私が広報部長だったが、コマーシャルに剣道をテーマにしたものを作ろうということで彼に登場してもらった。それは制作費を極力少なくしようという意図もあった。

 広報部に剣道部の高校生の子供がいるメンバーがいたので、二人で世田谷の体育館を借りて撮影した。剣道を知らない人にもわかりやすいシーンがいいだろうということで、小沢が面を打ってくる高校生の竹刀を受け止めて胴に返すシーン、高校生が小沢の左側の胴に切り込む画像、小沢が高校生の手元を浮かせて胴に鋭く打ち込む場面、鍔迫り合いの状態から高校生が引き胴を放って竹刀が胴を捉えている映像が選ばれた。

 業務グループの次長が一期上の先輩というのは少しやりにくかった。この人は大井に配属されたとき、営業人事部である。いくつかの支社を渡り歩いて副支社長からら久々の本社に次長として戻った。出身は茨城県の土浦で、そこから通勤していた。定年後は親の家を貰い受けてという腹積もりのようだった。

  半年過ぎてから人事部長がやってきた。もう人事案が密かに練られていて、その根回しのためである。JRとの人事交流のために出す名前として小沢が挙げられていた。

「まぁ、違い業界の空気に触れて今後の成長の糧に・・・ということで」

 人事部長がそう言うと「私も行きましたから」と相槌を打った。

「鉄道事業本部ということでいいですかね」

「それは新宿の本社ですし」

 ふと大田のことを思い出した。彼も適任ではある。

「Eじゃなくて、Tという話もあったんですよ」

「そっちはリニアじゃないですか」

 もうひとつ、O電鉄にはその次の年に出すということも仄めかされた。契約の審査の仕事も鉄道事業も内規に厳しいという点では似たカルチャーである。O電鉄は太井時代に慣れ親しんだ。東京・横浜どちらに出るにもかかせない路線である。 

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