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2016年3月26日 (土)

日比谷百景(21)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 東戸塚の駅で降りると研修所までは徒歩五分である。毎日一キロの道のりを歩いて通勤しているので、新入社員当時には及ばないもののスタスタと歩けた。ただ、夏の日差しはさすがにつらいので、日陰になる側だった。研修所の入り口にはタクシーが二台、黒塗りのセダンも三台止まっていた。

「よぉ、東戸塚駅から歩いて来たのかい」

 タクシーから降りてきた三人組みの一人に声をかけられた。その人は私が入社したときに契約部の入社五年目の先輩である。本社と支社を行き来して大阪支社長になっていた。一緒にいるのは神戸、堺の支社長である。新横浜まで同じ列車で来てタクシー相乗りだった。

「初心忘れず・・・のつもりです」

 黒塗りセダンは横浜支社長、池袋・新宿支社長の相乗り、そして社長の車だった。タクシーは次々に出て行った。町田・厚木・湘南の支社長も自分の車で研修所に来た。

 同期入社は私と秋田に続いて半年後に奈良、交付、帯広、一年後に佐賀、津、その半年跡に鳥取、和歌山、函館、そしてこの四月には鹿児島と福井で副支社長から支社長に昇格した。甲府と福井は契約部に同期で入った者である。

 支社長会議は300人が入れる大講堂で行われた。経済見通し、業界の動向などの資料が配られ、社長が演説をぶった。といっても学者肌の人なので、私が入社したときの「バリバリ営業マン」というキャラクターとは違っていた。そのときの社用が演説した終わりには全員で右腕を突き出して「ジーク・ハイル」とやらないといけない雰囲気すらかもし出された。

 社長が体質すると横浜支社長と福岡支社長が各地の契約の動向、新人教育について報告した。さらに営業成績優秀とされた江東支社が表彰された。そこは私もか関わったので多少誇らしかっが、今の松山は上から二十番目である。

 会議は午後五時に終了した。帰れるところは帰るが、交通の便で研修所に一泊して翌朝かえるというグループは食堂に移動した。昔は全員泊まりこんで懇親会だったそうであるが、答辞に比べて交通の便が改善されて、止まりこむ人は大きく減った。

 函館・秋田・奈良・甲府・津・福井・佐賀・和歌山の者は帰路についた。契約の同期が二人とも去るのは少しさびしい気もした。夕食のあとはビールの自動販売機から取り出していくつかのグループに分かれて懇親会である。

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