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2016年3月11日 (金)

Our generation(40)

これからは 時間的には未来となるものが続きます 二つの作品を一気に といっても 金~日曜にのみ進めますが・・・

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 関門海峡を通る船の汽笛でヒロは目を覚ました。枕元においたスマートフォンに手を伸ばして時間を確かめると午前五時半である。研修所のすぐそばを始発電車が走ったのにそれには気づかなかった。

  三月半ばに入社一年目のフォロー研修と車掌常務に向けての訓練のため、鹿児島から門司に移った。貨物会社の機関車運転士研修と重なっていたため、フォロー研修は二組に分けられた。そして車掌研修以外の者は皆、職場に戻っていった。

 正月休みは一月に代休という形で分散してもらった。福岡の実家には一月半ばに戻って大宰府に初詣をした。剣道の道具は盆休みをずらした九月の帰省の際に鹿児島に運んだ。たまたま鹿児島支社に剣道部の人がいて、稽古場所を紹介してもらった。

 駅での勤務の合間でやれるのは週二回だった。日曜日が開けられないし、技量低下もあって五段は見合わせることにした。試合も大人の一般の部は極端に少ないし、これまた日曜となると機会はなかった。

 車掌研修では「おそれいりますが、乗車券・特急券を拝見いたします」といった応対の用語を大声でいうことやドアの開け閉めの練習を行った。ヒロは新幹線の熊本・鹿児島中央間で、ホームにはドアが設けられていた。ドアと列車にはかなり空間があるため、ホームドアとの間に取り残されていないか確認と注意された。

 長崎の人は佐世保との快速「シーサイドライナー」で、小倉の者は小倉・中津間の普通列車である。快速は停車駅が少ないため、検札を行うが、普通の場合は時間的に難しく、ドアの開閉のほうが重要だった。小倉・中津もICカード化されているので乗客の間を回ってもカードを身せられればそれで終了した。

 福岡近郊区間という制度で、たった一駅の西小倉・南小倉の大回りもあるが、原田まで行って一日六往復しかない列車で桂川、さらに飯塚から田川後藤寺、そして日田彦山線という暇人はごくわずか、あとは小倉・西小倉の一駅でのキセルの心配だが、この区間の切符は券売機ではなく、窓口という「圧力」で対応した。小倉駅ではそのような切符を出したことはなかったと彼は言っていた。

 朝七時半になって研修所の食堂が開いた。車掌をする三人の他は、貨物会社で機関車研修の五人、全員高卒一年目である。それとディーゼルカー研修に来た十一人でこちらは年代がばらけていた。

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