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2016年3月21日 (月)

Our generation(43)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 博多に向かう「さくら」の指定席で、ヒロは窓の外をぼんやり眺めていた。七月に入って二度目の土曜日、真夏の空には雲が点々と散らばっていた。足元には防具袋があった。久々に土曜日に稽古できるものの、翌日に衆参同時の選挙があるため、いつも稽古する体育館は閉鎖である。

 車掌の仕事が始まって三ヶ月、鹿児島と熊本の間の常務は「つばめ」「さくら」に使われる800系である。早出は朝五時から午後二時、通常は午前九時から午後六時、遅出は午後三時から午前零時という3パターンである。遅出の時以外は稽古可能なので週二回程度やることができた。

 この日はS高校の玉竜壮行稽古が午後一時半から予定されていた。顔を出すのは大学3年とき以来、3年ぶりになった。大学を卒業する前の正月の稽古からだと一年半ぶりである。翌日には勤務が通常であるため、午後四時くらいに終わったら鹿児島にトンボ帰りしなければならなかった。

 800系だとどうしても仕事場の延長で座り心地が悪いのでN700系が使われる山陽乗り入れの「さくら」を選んだ。指定席は横四列のゆったりしたタイプである。熊本まではガラガラだったが、熊本で中国からの観光客の集団が乗り込んだ。黙っていたらどこの国かわからないのに、言葉を発するからわかってしまった。

 佐賀県と福岡県の境になる少し長いトンネルを抜けると「さくら」は1000mで35mの高低差がある坂を下った。最高速度260キロだったのが一気に110キロまで落ちて右手を博多の新幹線基地が通り過ぎた。こちらは東海道・山陽のためのもので、九州は熊本がベースになっていた。

 車両基地に併設された博多南駅を通過して博多の街に入っていった。もう少し速く走らせてくれたら時間短縮が可能だが、それは難しいということだった。在来線が左側を並走するようになり、博多駅に滑り込んだ。ヒロは地下鉄の駅に降りた。時間は正午前で、ランチは西新でするつもりである。

 地下鉄の車両は唐津に直通するものにぶつかった。ヒロが大学を卒業する頃から入り始めた新しい車両である。新幹線とは反対の唐津寄りの車内はウッディな内装になっていた。車両も赤から白へイメージチェンジがされていた。西新で降りると会談をあがってすぐの場所にある「牛丼屋」に入って牛丼・味噌汁・サラダ・卵のセットを頼んだ。

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