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2016年3月12日 (土)

Our generation(41)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 朝食は研修所一階の食堂である。平日は三色全て用意されるが、土日は朝のみである。もちろん外で食べることになったが、小倉に出たり、門司駅周辺の食堂で済ますというパターンだった。

 二階が研修室のコーナーで三・四階が宿泊室である。かつては四人部屋という作りだが、一人ずつというように改造されていた。トイレは国有鉄道時代のままで、三つある「個室」はすべてスクワットスタイルである。お客様と関わりのない場所には金をかけないという姿勢は顕著だっぬ。

 三つの「個室」はどれも塞がっていた。ヒロは洗面台の所でどれが最初に開くか息を殺してみていた。しゃがんだまま、手が蒸気機関車のような往復運動をしているのが両側で、真ん中はペーパーを音たてて引き出しているので、そこが最初に出てくるだろうと思った。やはり水が流れて出てきたのは貨物会社の者である。

 排水口には茶色くて太いバナナのような物体がうまく入らずにひっかかつていた。ヒロは平らな水溜りに一直線に押し出したが、長さはともかく太さは負けだなと思った。両側から少し荒い息遣いが聞こえほどなく水を流す音が聞こえた。

 研修室は線路に面していた。講義室は三つあり、それぞれ十五人ずつ入るようになっていた。実技室にはドアの開閉装置や運転シミュレーターがあった。どちらも811系という北九州エリアで快速・普通に使われているものである。ディーゼルや機関車の研修は座学なので、これを使うことはなかった。

 窓の外を赤と灰色のツートンに塗られたEH500型電気機関車がモーターの唸り声を上げて通り過ぎた。これは貨物会社の所属で吸収の交流と関門トンネルの直流を走れるタイプとして重宝していた。東京から福岡まで機関車の付け替えなしで走ることも可能であるが、下関から東は直流専用の機関車が使われた。

 九州の中だけならばED76という交流専用の機関車があった。国鉄時代からの古い車両で、いずれは全てがEH500になるだろうと言われていた。九州では福岡ターミナルの先は佐賀県の鳥栖、そして文字の北九州貨物ターミナルから大分までで、あとはトラック代行である。

 EH500に続いて赤紫色のコンテナ、これは貨車一両に五個詰まれるタイプである。国鉄時代は黄緑、民営化されてからは青というように塗られていた。さらに一両に三顧ずつ積む20フィートコンテナが続いた。これは宅配便会社などが所有するものでコンテナ自体が広告のようだった。さらに一両に二個の30フィートコンテナも通りすぎた。これを持つのはY運輸とN通運のみである。

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