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2016年2月22日 (月)

日比谷百景(15)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 副支社長を三箇所こなして支社長というケースもあった。同機では副支社長という者はまだ二箇所目、ごく少数の副長止まりもいるがもうひとつ上の課長補佐か支社課長というところが大半である。システム関係は全員がF生命システムに移った。子会社としてはほかに企業年金洗面の「ビジネスアセット」や介護施設運営の「F生命シルバーサービス」などが設立され、一揆上の大量採用世代から移った人も多かった。

 自分の机に戻って ノートパソコンを立ち上げてみたら メールが入っていた。発信元は保険金部の宮原からで、ベトナムのホーチミン生命に二年間出向するという挨拶である。その会社はN経済新聞から買収をスクープされたばかりだった。海外事業部から一人が社長として赴任することが人事異動で全社に布告されたのが一週間前、何人かスタッフを連れて行くという噂は聞いたが、宮原がその一人になったのには驚いた。

 たぶん支払い業務なんだろうと推測した。ベトナムの保険市場は有望と聞いていたが、中心は貯蓄性の養老保険、どちらかと言うと生存を前提としたものである。だから「危険選択」というのはそれほどでもないという見立てだった。飯田と同様に担当副社長という形でこれは次長に相当する待遇である。

 返信メールにするか内戦電話にするか考えたが、とりあえずは机に置かれた書類を片付けて・・・と思った。未決箱から最初に取り上げたのは松山支社のものである。開業医のもので工学契約の報告書がつけられていた。この支社はM商業出身の「お局様」が契約部を仕切っているということで有名だった。その人は昭和六十年の入社で県庁職員と結婚、育児休業の後に副長に昇格して今は使者の課長という立場だった。

 部長質には山田副長も呼び入れられた。あとの様子からどうやら課長補佐に昇進ということになったようである。昔に比べると女性の管理職は増えたものの、それでも本社内の課長は八人、副支社長は十五人、支社長はゼロという状況である。前橋で女性初の支社長が誕生したが、定年で四年前に退職した。人事部の次長に一人いて部長に女性ゼロ、取締役に女性が一人いるが、この人は社外からで本業は弁護士となっていた。

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