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2015年9月 6日 (日)

日比谷百景(5)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 川村の席にも決定用端末はあるが、まだ使うのは早かった。決定の基準書を頭に叩き込むことが先決で支社から届いた調査書類や陳情書類、申し込み番号がわからなかったり間違っている「事故書類」の仕分けである。事故書類は支社対応グループが電話を受けて身に来ていた。

 健康診断書の職業コードをつけるのが、彼の決定グループとしての最初の仕事になった。100枚程度をやってから磯崎副長のチェックを受け、「防衛大生は自衛退院だ」と注意を受けたのが最初である。それは私もそうだった。副長が確認したあとは大田に回されて血圧・尿は彼が見た。

 私の机には支社からの陳情、一億円以上の「高額面接」の書類があったが、時には新聞情報のチェックというものも回された。これを見られるのは課長以上の端末である。インターネットで検索することも可能ではあるが、各地域の新聞を切り抜いて画像データにしたものは管理が厳しかった。

 ここ三日ほど立て続けに照会したものは「児童買春容疑で逮捕」というものばかりだった。検索は名前だけでやるが、同姓同名で年齢が違ったり、住んでいる場所や職業が違うというようなものばかりだった。一致した場合はもちろん「契約見合わせ」という決定を打つことになった。

 昼食はいつも社員食堂である。低層部の一番上は8階で、ここからも皇居が一望できた。食べるときも仕事の話というのは重苦しいので、部下と一緒にということは避けた。テーブルは一人ということもあれば見かけた同期ということもあった。この日は保険金部の宮原と出くわした。

 互いの新人のことをちらりと触れてから話は子供の進路のことになった。宮原も年上に捕まって、男二人を授かった。上は高3で下は高1である。二人とも埼玉県の私立高校に通っていた。彼は埼玉出身でW大学の法学部だった。今住んでいるのも埼玉県である。地方に行ったのは広島のみだった。

「どこの大学行くかが問題だよ」

「何を専攻するつもりなんだ」

「学校からは医学部はどうかと言われているけど、まぁ理工系になるかな」

「医学部を勧められるくらいなら、理系はOKだね」

「WかNという線だけどね、国立だと・・・」

「うちは文型かな。語学系統ということを」

「なんだかんだと言ってもヤッパリ中国かぃ」

「俺も第二はチャイナだったよ」 

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