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2015年9月11日 (金)

日比谷百景(10)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 席に戻ると支社からの陳情書類が山積みになっていた。十一月の反動で十二月の件数は少ないものの、年末年始の休みが長かったため、処理が大変だった。各月の締め切りは翌月の10日となっていて、それまでに成立の処理が出来なかったら翌月への持ち越しである。営業職員にとっては給与にかかる問題だった。

 決定用端末は午後七時まで一時間長く動かすこととなった。川村も決定用端末に向かって問題のない契約を処理していた。七月・十一月を乗り越えて戦力として板についてきた。女子社員たちは彼に彼女がいることを知って関心は別のことに移った。彼女の存在が発覚したのは東京駅前の新丸ビルでの休日のことだった。

 グループの忘年会では尋問が行われ、高校時代のクラスメートという供述が引き出された。相手は派遣社員ということで、それなら専業主婦として全国どこにでも連れまわせるなという結論である。柴田部長も新人のときに契約のフロアに販売強化月限定のアルバイトの女の子を捕まえたそうである。

 ランチは出前を頼んだ。それは販売強化月と同じである。社員食堂からカレー・丼・麺類のいずれかを席に運んできてもらうものだった。私はロースカツ丼に決めた。山田副長は自分で作った弁当を食べて作業を続けたが、女子は休憩室である。古雅課長補佐はカレー、磯崎副長はきつねそば、川村は牛丼を注文していた。

 女子は午後六時まで残り、そのあとは山田副長だけが入力を続けた。古賀・磯崎・大田・川村も決定用端末に向き合い、私の机には陳情書類が30件近く残っていた。西崎次長は待機という状態だが、それは問題のある契約が出てきた場合に備えてである。支社対応グループのほうは二人の副長を除いて帰宅した。

 午後七時に端末が止まるとそそくさとフロアを出た。陳情書類は結局10件余った。それを引き出しから取り出した「未決」の箱に入れて机上に置いた。外は夜景が広がっていた。皇居の部分だけが真っ暗で、霞ヶ関の官庁街はもちろん、新宿のビル群も明かりを放っていた。

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