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2014年6月19日 (木)

明日君は陽だまりの中で(40)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 新しい年度がはじまって、N高校にとっては大きな変化が起きた。小倉のN中からの進学がさらに減り、K高校には今年も24人進んだ。高校周辺の中学の出身者のほうが多くなり、ついに全寮制の旗を降ろした。その結果、ほぼ全員が個室ということになった。四人部屋はクラブをしている者の部室代わりになり、英樹も二階の四人部屋で着替えるようになった。

 もっと衝撃的だったのはこちらのN中学から他の高校への流出である。K手、K穂、T川に合わせて30人が去った。剣道部で目をかけていた者もこの三校に行った。そうなることは目に見えていた。彼らはN高校への特別選抜に合格したあともクラブには顔を見せず、県立高校の入試が終わってからようやく「中学での最後の稽古」としてやって来たからである。

 中学・高校ともに新しい部員が入り、高校は七人全員経験者、中学は経験者九人、初心者十一人と大所帯化した。中学のほうは地区の強豪として名を馳せ始めていた。それは小倉のほうも同様で、英樹のときには遠い存在だった市大会の常連となり、個人で市優勝を成し遂げる者も出ていた。

 インターハイ予選は今年も個人は各校二人、団体は七人登録である。個人は三名、団体は三校、県大会に進むことができた。N高校の個人は英樹と杉田に決まった。団体は福原、高田、藤崎、杉田、英樹の順番で、二年生二人がスタンバイ要員である。玉竜の行われる頃にはこのメンバーとは変わっているかもしれないなと顧問は言った。

 会場はK手高校だった。まず個人戦から始まりいきなり杉田の試合である。相手はT商業の者だった。N中から他校に進んだ者も杉田の戦いぶりを見るためにコートを囲む観衆に加わった。杉田は優勢に試合を進めていたが、小手・胴に変化して相手の胴からはじける音を散らせたが、旗が上がらず、即座に反撃した相手の勢いに押されて場外に飛び出した。さらに鍔競り合いから引き胴を打ったのが不十分でラインをオーバーしたので反則二回、相手に一本で敗北した。

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