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2014年3月24日 (月)

何となく 何とでも〔33〕

とりあえず2007年度ということで・・・

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 S学院大額での勤務も四年目になり、講師から准教授に昇進した。金融論とイギリス経済論、ゼミは一・二年の基礎と三・四年の専門、校務は学生委員会と就職委員会、論集の編集委員である。剣道部の顧問は引き続いてとなった。

 一年生の基礎ゼミは各学部が合同で、三十人の学生を文学部の教授が担任、私は副担任として見る事になった。文学部の先生の専門は日本史、鎌倉から室町にかけてである。最初の授業では、課題作文として「十年後の私」というのが出た。

 学生の出身地は地元の福岡県が十一人で、佐賀と熊本と長崎三人、山口二人、大分、鹿児島、広島、愛知が国内だった。留学生は韓国二人、シンガポール、カナダである。シンガポールとカナダの学生は英語で書いていいことにした。

 福岡出身で二人が剣道部だった。商学部に入ったのが県北部にあるK高でキャプテンだったというもので、インターネットに出ていた玉竜の試合では見事な抜き胴を三本決めていた。もう一人は県南部のM高で女子のキャプテンだった。こちらは法学部である。

 K高出身の者は作文で「教員免許を取って中学か高校の剣道部の指導をしている」と書いていた。M高のほうは「旅行会社の添乗員になって世界各地を回るか警察官になる」としていた。 

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