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2013年12月22日 (日)

死して朽ちず〔2〕

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 平成二十五年の七月にY口県は豪雨災害に見舞われた。H市の被害が全国放送されたが、それはNHKの「八重の桜」に感情移入してデスノートでも書いた奴がいるのではないかといわれるものだった。実際は全国に知られる松下村塾や旧H市の部分はまったく被害はなく、市町村合併で編入されたエリアがひどかった。

 JRの山口線と参院選も被害を受け、一時H市は鉄路では「陸の孤島」化した。N門市からH市の中心にかけては一週間ほどで復旧したものの、寸断された区間は代行バスになった。山口線で被害のひどかったのは県境の部分で鉄球が三つ流された。沿線の感光リンゴ園は川に近い部分で木が流される被害が出た。

 蒸気機関車の引っ張る列車が観光の目玉となっていたのに走れなくなったのは痛かった。それをJRに働きかけて走れる部分だけでも何とかするように折衝したのが彼だった。さらに体調の思わしくない知事に代わって視察に訪れた総理を案内して「激甚災害指定」を直訴したのも彼である。

 県の所有する研修施設で夏休みを利用して二百人の小学生が野外体験をしていたら、災害で道路が寸断されて孤立状態になった。彼が陸上自衛隊に救助要請をしてヘリコプターでピストン輸送したのも阪神大震災の教訓で考えた「場外着陸場」が活きたことになった。

 九月の県議会が終わった直後、知事は体調不良で緊急入院した。彼が再び「職務代行者」となったが、病院への取材で知事は面会が不可能な状況と言われ、県庁で臨時に会見した彼も「代行機関は長期にわたる見込み」と答えるだけだった。知事の進退という声がとこからともなく漏れ出した。

 彼は副知事応接室で表敬訪問をこなしたりしていたが、いつまでもこんな状態を続けているわけにはいかないはずだった。防衛副大臣が交代して着任の挨拶に訪れたが、知事でないと判断できないような事項もあったようである。それはI国の米軍がらみなのかあるいは自衛隊でも導入を検討されているオスプレイなのか、彼に取材を申し込んでも「私の立場では話せません」と言うだけだった。

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