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2013年10月 2日 (水)

ロンゲストマーチ(32)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

「山田の奴、転校してから野球部に入って市大会に行ったそうだよ」

 平田がポツリと言った。山田は二年の終わりにN中を辞めて自宅のある若松区のI中に行った。

「市大会かぁ。高校はどうするんだろ」

「あいつ結構頭いいからそれなりのところ狙っているかも」

 同期のうち七人が辞めて逆に3人が転校してきた。何人がN高へ大人しく行くのかわからないが、大塚と齋藤はエスカレーターに乗るようである。齋藤は特待生待遇を受ける代わりに他校は受けないという選抜テストを受けた。他に受けたのは二人か三人で、広川・三浦・梅本は受けていなかった。

「中田は高校でのクラブは野球にするんか」

「ああ。一応ランニングはしているけど」

 栄作は自宅から空港の西端、そして東端まで走って戻るコースを日課にしていた。空港の滑走路は東西千五百メートルである。

「俺は剣道続ける。竹刀も三八で素振り」

 引退後も週一回の授業で剣道はしていた。岡部が三八を使っているのは高校でやるための準備と聞いたが、平田は学校では三八ではなかった。

 国鉄の線路が少し離れて道路が割り込んできた。S製鉄の戸畑と八幡の両地区を結ぶ鉄道線路が掘割のようになっているところを過ぎると平田は道路のほうに移ろうと言った。新中原駅の駅舎は道路から歩道橋で上がったところである。

 ホームは両側に線路がある一本だけだった。小倉方面の線路の向こうには六本ほど線路があってその向こうは製鉄所の敷地である。一つはさんだ線路を博多方面への貨物列車が通り過ぎた。赤い電気機関車に続いて茶色い貨車、銀色のタンク、緑のコンテナを積んだ貨車と様々である。

 両方向の電車が同時に到着した。どちらもピンクの車体に運転台の下だけクリームの八両編成である。座席は埋まっていて栄作はドアのそばに立った。小倉で日豊線のホームに移動して始発の電車の四人用シートに腰を下ろして自己採点を始めた。二百点満点の百七十三点、K高校に入って野球部に入る夢が叶うかどうか不安は続いた。

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