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2013年9月20日 (金)

ロンゲストマーチ(20)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 体育館の東側の道を南に向かうと100メートルくらいで駄菓子屋があった。ここにはインベーダーゲームの機械もあった。寮にいる者が前年の秋に100円から50円に値下げされていたと言っていた。

「岡部先輩はN高にそのまま行くんですか」

 同じ小学校だった者が栄作に尋ねた。栄作の学年末での順位は38番になった。卒業した先輩の七割はN高へ進んだが、K高に12人、北九州の西にあるT高へ3人、工業高等専門学校に1人、鹿児島のL高1人、大阪のS高1人、陸上自衛隊少年工科学校に1人という具合に流出した。K高に行った一人は剣道部の先輩だった。一番順位が下の人は41番である。

「他を受けて駄目だったらかな」

 栄作は言葉を濁した。K高に行って野球部に入りたいという気持ちは今も変わらなかった。家でも竹刀の素振りはするものの、バットの素振りも怠らなかった。実力テストでは5教科200点満点で150点くらいだが、K高は180点必要と言われていた。

「付属に行ってK高に行こうと思ってました」

「付属かぁ。俺もそうだったんだよ」

 行橋から来ている者も付属を受けて抽選で外れた。小学校では栄作と同じく野球をしていてポジションはキャッチャーである。彼はK高ではなく、地元にあるM高を受けたいと言った。合格したら野球部に入るということで、剣道は体力をつけるためと割り切っていた。栄作は王選手が世界一のホームランバッターになったのは刀を振る練習をしたのも大きいという話を披露した。

 城野駅に着くと日田彦山線からディーゼル機関車にひかれたセメント輸送列車が通り過ぎた。ここは一時間に一本しか旅客列車がなく、田川から来る者の中には急行バスを利用する者もいた。急行バスは学校の最寄停留所には止まらないため、市立大学の前のバス停で乗り換えをしていた。

 日豊線の列車は特急や急行を除くと一時間に三本である。一本は快速でこれは栄作の乗る区間では必ず止まった。午後3時に終わるはずの稽古が少し長引いたので、乗れるのは午後4時過ぎの柳ヶ浦行きである。これは赤い電気機関車が赤い客車を引っ張った。車内ががら空きで、三人はドアからすぐ近い席に腰を下ろした。

 

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