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2013年9月28日 (土)

ロンゲストマーチ(28)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 下関インターが入るとすぐに壇ノ浦パーキングエリアだった。福原の父はセドリックをパーキングエリアに入る道に進めた。三車線の一番端の斜面を下り、関門橋の橋桁をくぐってパーキングエリアに入った。ここは海峡の西側を一望することができた。橋の全長は千三百メートルで両岸に建つ二つの塔の高さは百四十メートル、橋桁は海面から七十メートルあった。パーキングエリアの駐車場は橋桁より二十メートルくらい低く、階段で五メートルほど降りると便所と展望スペースだった。

 九州のほうにも同じようにパーキングエリアがあって海峡の一番狭い部分は七百メートルである。潮の流れが速くて行きかう船のスピードも向きによってかなり差があった。橋桁は大型トラックが通るとひときわ大きな音をたてた。下関の街は見にくいが、門司は良く見えた。海峡に面した山々は海岸線から切り立つようにそびえたち、門司の街は狭い空間にへばりつくように広がっていた。橋のすぐ下を国道のトンネルが走り、西に五キロくらいの場所で国鉄の海底トンネル、橋の少し東の海面から六十メートル下に新幹線のトンネルが走っていた。

 展望台には橋のケーブルの断面が置かれていた。太いケーブルの中にさらに細かいケーブルがたくさんあるのも驚きである。使われている鋼材をレールにすると東京から鹿児島までつながるというのも同じだった。

「高速道路がつながると遠征しやすくすなるから色んなところの試合に参加するところもあるみたいだな」

 パーキングエリアから出発するとき福原の父がつぶやいた。中国自動車道は山口県と島根県の県境が未開通だが、これが出来たら大阪、さらに名神や東名で東京までつながった。北九州有料道を経て九州自動車道は八幡から熊本県の南部まで行けた。

 橋の部分は三車線で、パーキングエリアから合流してそのまま左だと橋を降りてすぐに高速を出るが、右側に移動して北九州有料道へ向かった。有料道を出るとN中の寮の近くで栄作と斎藤が降り、岡部はそのまま残った。

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