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2013年9月25日 (水)

ロンゲストマーチ(25)

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 三年になってN中の剣道部には新一年生が14人入った。学年全体も110人と最高である。14人のうち6人が経験者で、日本武道館に行った猛者もいた。栄作をはじめ、斎藤、平田、小松は二月に初段合格を果たした。三月には二チームで陸上自衛隊の駐屯地で行われる試合に出て、栄作はAチームの次鋒を務めた。福原や岡部が軸となって優勝旗を得ることができた。

 剣道部の先輩は二人がN高だが、K高に二人、Y高に一人進んだ。Y高はS製鉄の球場や栄作が夏に審査で涙を飲んだ体育館のそばだった。K高には14人が入っていた。そしてN高の一期生とK高などの他校流出組との進学実績には差が出来ていた。K高に行った8人は全員が国公立大学に合格し、うち2人は京都である。これに対してN高は熊本・長崎クラス、私立大学がほとんどだった。

 春休みに入る前に一期生で東京のC大学に進む先輩が稽古に来た。三年の夏に3段を取って大学でも剣道部に入る前に体を慣らすということだった。栄作も掛かりに行って「よいセンスだな。高校でも続けるともっと強くなる」と言われた。高校では野球をやりたいと思っていたが、「がんばります」と応じた。N高も硬式ではないが、軟式の部ができていた。

 ゴールデンウィークには下関で試合をやることになった。福原の父が下関の剣道連盟の知り合いの先生に話をつけてもらって参加させてもらうということである。先鋒は福原で、栄作、斎藤、大塚、大将は岡部という編成である。大塚は会場に直接向かうこととなった。

 栄作は福原の父の茶色いセドリックに岡部・斎藤と一緒に乗せてもらうことになった。待ち合わせの場所はN中の玄関である。福原が助手席、岡部が後ろの右側、栄作は左、齋藤は容疑者のように真ん中である。道具はトランクに入れた。

 紫川インターから北九州有料道路に入って関門海峡を渡った。栄作は春休みに新幹線で大阪の親戚の家に行き、神戸で始まったポートピア81という博覧会と甲子園の選抜大会を堪能した。本州に入るのはそれ以来である。下関インターを降りると十分くらいで会場の武道館に到着した。

 

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