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2013年9月12日 (木)

ロンゲストマーチ(12)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

「中田の足の動きはいいけど、右手に力入っているなぁ。左手は傘を持つようにしっかり、右手は柔らかく、と先生が言っていたよね。左手だけで素振りしてみるのもいいよ」

 何本か面打ちをしてから栄作はそのようにアドバイスを受けた。他の三人はマダ竹刀だけを打つのが続いていた。終わりの礼のあと、四階まで上がって制服に着替え、竹刀は廊下の一番端にある竹刀立てに置いた。八十人分の竹刀から自分のを見つけ出すのは少し大変なので柄に赤で2本線を入れて目立つようにした。大塚と哲也は黒い竹刀入れを持っていて、これは二本入れられた。入学時に購入した竹刀袋は緑色に菖蒲のマークが入っていたが、一本しか入らなかった。

 哲也は斎藤と一緒に城野駅に向かう道を歩いた。寮は学校と駅の中間あたりで路地に少し入ったところにあった。八十人の同期のうち、十五人が寮に入っていた。田川・直方・飯塚・福岡のほか、長崎・兵庫・沖縄からも来ていた。沖縄の者は「蛇に毒を持っているかと聞いたら英語で答えるよ」と言った。

「連休はずっとこっちにいたの」

 栄作の問いに斎藤は「帰るのは夏休みになって」と答えた。遠くから来ている者が帰りやすいように4月29日の天皇誕生日は登校し、ゴールデンウィークの谷間に埋めるようにされていた。

「夏も休みでない日が多いみたいだね」

 7月いっぱいは午前に補習、午後はクラブという状態になるそうだった。八月も20日から同じ態勢である。夏休みは大阪にいる親類のところに行って甲子園も見るつもりだった。空港が栄作の家から徒歩十分、大阪の親類も空港の近くなので、飛行機で往復という予定である。

 斎藤と別れて城野駅に着くと六時半になっていた。上りの線路を東京に向かう夜行寝台特急が通り過ぎた。赤い電気機関車に引っ張られる青い客車はガラガラの感じである。それから目の前を大分行きの茶色とクリームに塗られた急行電車が通過した。小倉でこれが出てから発車した普通電車が来るのは五分くらい後である。

 

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