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2013年9月 1日 (日)

ロンゲストマーチ

「下り坂」を別の視点から・・・お食事中にご覧になるのは・・・というシーンが多いです

 

 初夏の日差しが降り注ぐなかを栄作の乗ったマイクロバスが電車通りを進んでいた。栄作はSイーグルスに小3のときから所属して6年になって背番号1をもらった。打つほうもそれなりによかったので5番に入っていた。5年生に速球のいい投手がいて彼が投げるときはライトを守った。

 イーグルスは火・木・土の週三回、S小学校のグランドで練習をやり、日曜日には試合をしていた。この日はS製鉄の野球場で、Kファイターズと試合だった。KファイターズはS製鉄との関係が深かった。球場は両翼102m、センター122mとプロ野球の試合にも使える本格的な球場である。

 電車通りから離れて緩やかな坂を登るとS製鉄の球場だった。マイクロバスを降りると一同は内野のスタンドに入った。グランドではS製鉄の野球部が練習をしているところである。ここと国鉄の門司鉄道管理局のチームが行う交流試合は「製門戦」と言われて地元では有名だった。

 栄作は急にトイレに行きたくなった。朝はいつも家で行っていたのに試合の緊張感もあってなぜか出なかった。スタンドの下にあるトイレはコンクリートむき出しだが、掃除が行き届いていて匂いは全くなかった。三つある個室の一番奥に入った栄作はズボンを片方脱いでしゃがんだ。

 水たまりに太さ三センチ、長さが十五センチくらいの塊が二つ横たわった。ペーパーはほとんど汚れなかった。紙を前の水たまりに投げ込んだとき、足の付け根から電流がながれるような感触があった。栄作は「何だろう」と思った。小便とは違う白く粘々したものが出てきてペーパーでふき取ると変な匂いがした。

「おぉい、中田、いるかぁ」

 ドアの外でキャプテンの声がした。彼はサードで四番である。ジャイアンツの長嶋監督と同じポジションと打順はみんなの憧れだった。栄作はレバーを押した。なぜか水が出なくて彼が立ち去ったのを確かめてからそっとドアを開けた。 

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