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2013年9月10日 (火)

ロンゲストマーチ(10)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 N中の校舎は一階の中央に玄関があり、西側は駐車場、玄関を入ると事務室、応接室、校長室などがあった。階段を四階まで登ると一年生の教室である。学年が進むに連れて一つずつ下の階になった。二階には図書室と職員室があり、三階は理科室、四階が図工と技術室である。各階は教室が三つあり、窓は北側だった。

 廊下に並んだロッカーには校内用の白い服を入れるようになっていてここで着替えるようになっていた。栄作はロッカーから白ズボンを取り出して南側のトイレに入った。トイレの隣は各学年の担任の先生の控え室になっていて「研究室」と呼ばれていた。トイレは「個室」が三つアリ、栄作は一番手前に入った。

 紺のズボンをドアの金具にかけ、パンツは白ズボンに入れてかぶせるようにかけてしゃがんだ。どういうわけか便通は登校してからというリズムになっていたが、小学校と違って登校してからという者が意外に多かった。隣にも誰かが入って仕切りの下の隙間から見ようと思えば見えるが、バレタラ大変だし、自分の用のほうが大事である。

 太さが三センチで長さが二十センチの塊が二本並んで水溜りに横たわった。紙はほとんど汚れず、栄作は立ち上がって白ズボンに足を通した。隣の「個室」から水のはねる音がして紙を引き出す音が続いた。外に出ると窓は開いていて体育館の屋根越しに遠くの山が目に入った。足立山とほぼ同じ高さの貫山、その右手には石灰岩の白い岩肌がむき出しになった平尾台である。

 栄作のクラスはB組だった。A組のほうには図工室とつながったベランダがあったが、こちらは窓だけである。窓からは小倉球場のスコアボードの背中と内野のスタンドが見えた。レフト後方にある集合住宅の廊下から試合が見えそうな感じだった。球場の向こうは一番高い市役所や駅周辺のビル、そして赤と白に塗られた製鉄所の煙突が白い煙を空に溶かし込んでいた。

 足立山から門司へと連なる山々も視界に入った。盆の迎え火の「小文字」は付属中なら真下から大きく見えたが、ここは少し離れていた。視線を手前に戻すとお寺があり、幼稚園 の庭には朝の体操をする園児が並んだ。南側の女子高には見向きもしない者が、あそこに可愛い女の子がいると言っていたりした。

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