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2013年9月19日 (木)

ロンゲストマーチ(19)

前回までの内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧ください m(_ _)m

 地稽古を少しだけやることになって栄作はキャプテンと組んだ。小手から胴へと行く技は通用しなかったし、まだまだ自分からドンドン仕掛けていかないと駄目だった。胴を抜かれたり合い面や時には左右に捌かれたりした。少したって「ラスト一本」と言われた。

 むやみに打たずに隙をうかがっているとものすごい気配を感じた。栄作が思わず一歩引くとキャプテンが竹刀から右手を離した。

「あぁ、今、今、左の脇が空いたぞ。さっき岡部から胴取られたのがそんな状態」

 キャプテンはそう言うと左拳が浮いて構えが崩れた状態を栄作に示した。もっと極端に左拳が額のところまで上げて面・右小手・右胴を防ぐ避け方をする者を試合で見たこともあったが、そこまで行かなくても十分隙が出来ていた。

 引き胴を放ち、不十分ということで折り返して打った面で終了になった。それから切り返しをして終わりの時間になった。

 上座には誰もいない状態で黙想をして礼をした。連休の直前に師範が連れてきた人が授業で元に立ち、最後に海軍の特攻隊にいたことを触れた。紺にボタン七つの制服を見て記憶がフラッシュバックしたのかもしれないが、「もう少し戦争が続いていたら私はいなかったかもしれない」と結んだのを誰かが後で着替えるときに「操縦がうまい人から突っ込んで行ったのかも」と呟いていた。

 キャプテンから中体連のメンバーをどうするかということで、団体は三年生5人と二年生は岡部と栄作ということが発表された。大塚は個人に回り、個人は1校三人までということで、三年から二人である。団体は先鋒に岡部、キャプテンが大将で、あとの3人はスタンバイとの入れ替えを想定していた。栄作はメンバーとしてはスタンバイ要員である。どこに入るときでも個人と同じ気持ちで戦うんだなと思った。

 7月に行われる中体連の大会が三年生にとっては引退試合である。その前に小倉区内の大会もあって中学の部に団体と個人でエントリーすることになっていた。防具置き場で着替えを終えると栄作は城野駅に向かう一年生二人と一緒に歩いた。一人は同じ小学校でもう一人は少し先の行橋というところから来ていた。

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