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2013年7月 1日 (月)

その先へ飛ぶこと(20)

前回までの 内容は「文化・芸術」のカテゴリーでご覧くださいm(_ _)m

 九州部会は年2回行われるが、年末に近い十一月は懇親会をすることが多かった。見学会のあとはどうするか決まっていなかったが、九州大学の近くの居酒屋で軽く一杯ということになった。北九州市役所の他二人はあとの予定があるので地下鉄に乗った。

 店は学生向けで壁にはいくつかのクラブの写真や色紙が展示されていた。参加者の中には九大のOBはいなかった。N通運の社長は九大だったし、九州ではヤハリここがミニ東大という感じだった。福岡市の西にキャンパスを移す計画があって理系から徐々に十五年くらいかけて移動するそうである。そうなったらここはどうなるのだろうとトモヒロは思った。

「こういう見学会もいいですなぁ。福岡空港とか博多港もそのうち」

 ビールで乾杯してから田村先生が言った。福岡空港についてはN通運の航空事業部に頼んで上屋を見せてもらうというつもりだったが、鉄道のほうを先にした。

「次にやるとしたら空港がいいですか」

「貨物施設は交通の便どうなのかな」

「第三ターミナルの横になります。入るための許可は要りますが」

「博多と上海を結ぶ高速貨物船の計画はどうなっているのかな」

 元運輸省の先生がトモヒロに尋ねた。

「運航会社が設立されて船の建造中です。コンテナ式ではなく、RORO式で」

 RORO式というのは ロール・オン・ロール・オフということで、トレーラーで積み下ろしするフェリーと同じ方式だった。これならコンテナを荷役するためのクレーンは必要なく、船体に着いた上陸用の装置の上を走るだけで済んだ。

「それが出来たら見学のほうもお願いしますね」

 運航会社はN通運が出資したので、何らかのルートを使うことになるかなとトモヒロは思った。さらに田村先生からは九州部会の事務局のことも出た。長崎の先生も定年が近いため、これからの中心は若手でということのようだった。

 

 

 

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